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シネマね!~剣とナゴヤがB級ホラー~  作者: 山田中ミキヤ
前章 剣とナゴヤがB級ホラー
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6章 子供の遊びはここまでだッ! 2


 葵の様子はいつもと違った。




 酷く真剣な眼差しで、大樹の手を引き走っていく。

 こんな焦り方をする葵は、今まで見たこと無かった。

 二人は走る。正午を間近にして、老舗デパートの立ち並ぶ栄の市街地は徐々に活気立っていく。人が一気に溢れ、そこかしこで陽気な音楽が流れていた。


 そんな中を、二人は人を掻き分けて走る。


 通行人が、二人の形相に何事かと振り返るが、ほとんどが無関心のまま背景と一体化して過ぎていく。サンシャイン栄から地下街のクリスタル広場に入ったところで、




「ちょっと、ちょっとまちなさいよ!」

 と、大樹がその手を振り払った。

 荒れる息を抑えて、葵にくってかかった。

「いいかげん、説明して! あの子達は何!?

 失格って!? あんたたちはなにをしようとしてたの!?」

「……大樹ちゃん……」

 葵は、酷く辛そうな表情を大樹に向けた。

「今は、私を信じて」




 大樹だって信じてやりたい。

 いや、信じている。

 だからここまで文句を垂れながらも一緒にやってきたのだから。

 だけど、今ここで黙ってしまうのは、逃げであるような気がした。いくら敵から逃げれても、葵からは逃げたくはなかった。


「あの子のこと、知らないって言ったわ。

 そんな大事なこと、ウソをついたのね」

「ごめんなさい……っ」

 葵は涙をこぼした。

 ぐっと胸が痛む。だが、大樹は続けた。

「お願い、知ってることを全部話して」

「………………」

 葵は俯くばかりだ。

「葵のことこれ以上疑いたくない」

「……。

 …………────、」

 葵は息を呑んだ。そして、


「……わ、私は……」


 口を開く。


 ひとつこと、ふたつこと、何かをしゃべろうとする。〝言葉を紡ぐ〟とはこういうことと言わんばかりにたどたどしく、が、そのほとんどが単語にならず、音にもならず、ただ口をぱくぱくと動かすだけで、説明も、弁解も、釈明も、大樹には伝わってこなかった。


 ……そして最後に首を激しく左右し、耳を塞いでこう言った。


「ダメ、言えないよっ! これ以上、大樹ちゃんに嫌われたくないよッ!!」

「……………………言えない、って」

 二人が出会って一年。隠し事だって、言いにくい事だってたくさんあった。

 葵だってそうだろう……でも最後の最後には、相談しあえる仲だと信じていた。

 笑いあったり、殴ってやったり、髪を引っ張られたり、そんな馬鹿なやりとりと会話の裏側には、たった一年で築き上げたそういう信頼が基盤にあるのだと信じていた。


 体の内側に、ぽっかりと穴が空いた様な気がした。


「……バカ」

 大樹は葵に歩み寄る。

 葵は、怯えた目でこちらを見上げていた。

 大樹は手を振り上げた。

 ひゃっ……と、葵は小さく悲鳴をあげる。

 だが、歯を噛み締めて、じっと動かずに居た。

 大樹は振り上げた腕で、そっと、葵を抱きしめた。


 叩かれると思っていたのだろう。

 葵の動揺が、大樹の体に伝わった。




「…………いいよ。信じる」

「たいき……ちゃん」

「だから、嫌われるだなんて言うな。

 間違ってたら怒る。むかついたら殴る。

 でも、あんたのこと嫌いにはならない。

 嫌いになんてなれるもんか……」

 そう言って、大樹はもう一度葵を手繰り寄せる。

「……──だから、もう。

 ウソはつくなよ?」

「……、ううっ」

 葵がべそをかきながら、なにか声に出そうとした。




『茶番ですわ』




 地下街の中で、声が響く。




『まるで信頼しあっているかのような。

 まるで気持ちが通じ合っているような。

 …………でも、本当のことは話せません』


 小倉トーストたんのフィギアだ。

 しゃべりながら歩く人形に、人々は驚いて道を譲る。

 モーセが裂いた海を歩むように、彼女はやってくる。


『そんな友情ゴッコは所詮、子供のお遊びですわ。

 そういうのを茶番といいますの』

「アカリ……っ」

 葵が名前らしきものを呼ぶ。


『子供の遊びはここまでですわ。

 須藤大樹。よくお考えなさい。

 ホラー映画を作って、一体誰が喜ぶのか』

 アカリが大樹に語りかける。

「やめて、お願いっ!」

 葵の悲痛な叫びが被さるが、アカリは止めない。

『一体誰が誰を喜ばせようとしているのか』

「大樹ちゃん、ダメ、聞いちゃダメッ!!」

『誰が誰を喜ばせようとしているのか。

 何のために?

 ──そう、答えはとても単純で明快』


 ぴたり、っとアカリは二人の前で立ち止まり、腕を組む。


『この映画の監督は柳田葵。たった一人の女の子を、名古屋に閉じ込めるために、名古屋を巨大なアトラクションに変えてしまった、哀れな土地神の物語ですのよ』


 そしてにこりと微笑んだ。


『それでもまだ、信じてやるなんて薄っぺらい友情劇を続けますの?』




「────な、なにいってんのよ」

 そんなわけあるか。葵が神様だなんて。

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」

 大樹は怒鳴った。


 そんなわけあるか。


 葵は泣き虫で臆病でいつも私の髪をひっぱって、めそめそ泣いて、それに私はいらいらさせられて。でも私の趣味にはじめてついてきてくれた子でだから居心地が良くて、二人で一緒にバカな話ばかりして──、

 こいつが神様だなんて、──私を名古屋に閉じ込めようとしただなんて。


 そんなわけあるか!


 ────……何故だ。

 何故、葵は違うと叫ばない?




「あおい……」

「……」

「どうして否定しないの?」

「……、だって……」

 俯く葵の周囲で、ずるりと、影が蠢き、それが彼女をすっぽりと覆う真っ黒なのポンチョに変わる。影は徐々に死神を彷彿とする大がまを生成し、最後に葵は衣装とは対照的な真っ白のファントム・マスクを被った。


 葵と出会った時に見ていた映画〝死霊の大がま〟に登場する殺人鬼、アンクル・シェリーのコスチュームだ。


「もうウソつかないでって、言われたから」

〝もっとも信頼していた人間が真犯人〟というオチだった作品だ。

 それが彼女の答えというわけなのか。

 その映画の悲壮感について、よく語ってやったっけ──……。

 大樹は漠然と、そんな場違いなことを考えていた。


『嘘でなければ騙し続けて良いのが友情なら、それを茶番と言っているのですわ』

「そんなこと、わかってるよッ!」

 葵が怒鳴る。二人のやり取りの中、大樹は混乱した頭でどうすればいいのか必死に考えていた。だが、いまひとつ思考回路が動かない。まるで脳みその考える部分に壁が一枚出来てしまったように、うまい考えが見つからない。


『結構。わたくしも説教に参ったわけではありませんので』

 そうだ、わけを聞こう。

 話はそれからじゃないか!


「大樹ちゃんッ!!」


 葵が大樹を突き飛ばした。思考の渦に耽っていた大樹の体は、されるがまま支柱にぶつかってしまう。その頭上を冷たい何かが走っていった。


 髪を纏めていたシュシュが千切れる。

 葵がいつもぎゅっと握っていた穂先がはらりと散り、ストレートに戻ってしまう。


 アカリが何かを仕掛けたらしい。今の大樹には、それくらいしかわからなかった。


『須藤大樹は失格。せっかく千年ぶりの機会だったのに、残念ですわ』

「────人身御供風情が、調子に乗るな」


 葵の声色が変わった。

 ぞっとするような、冷たい声だった。

 大樹の視界が霞む。

 霧だ。地下道であるはずのクリスタル広場に、突然霧が発生したのだ。


「私の持ち主は、私が決める」


 しゅーしゅー。


 何か、空気の抜けるような音が響いた。

 一つじゃない。


 三つ、四つ、


 しゅーしゅー、しゅーしゅー。


「この子は私のモノだ。誰にも渡さないし、どこにも行かせるものか」

 霧はいっそう濃くなる。葵の姿が、うっすらとしたシルエットしか伺えない。

 大樹の足を、ぬるりと何かが触れた。




『ごらんなさい、須藤大樹』




 ──蛇だ。無数の蛇が、同じ方向に向かって這っているのだ。

 河川を旅する水流のように、しゅうしゅうと無数の蛇が群がっていく。




『これがあなたの親友の本性でしてよ』

「だまれぇぇぇぇぇぇぇ──────ッ!!」


 葵が砲声を叫ぶと同時に、水流は濁流に変わった。

 無数の蛇は一つの意思を持って、恐ろしい勢いでドッと突き進む。

 うねりは地下道全体を巻き込む膨大な数に変わった。


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