4章 小悪魔のいけにえって邦題ならときめくわー。 2
「ぜぇ……ぜぇ……」
しばらく走って大樹は息を整えた。
所詮幼児の足だったからか、今回は巻くのが容易だった。
「あーもー……散々な散歩になったわ」
やはり動き回るべきではなかったなと項垂れながら、ホテルの方角を目指す。
途中からごちゃごちゃになってしまったが、ブギーマンの話は興味深かった。
神様がらみの映画撮影。理不尽も不可思議も全て片付いてしまう強引な解釈だが、どうも真実味がある。すると、フレディもどきもただの夢ではなかったのかもしれない。
神道が嫌いだから名古屋から出て行きたかったのに、どうしてこうなるのか。
それもこれも実家のせいだ。ああ、もー、サイアク──。
空が白んできたころ、大樹は葵の待つホテルに戻れた。
「部屋番号いくつだったっけ……? あ、ここだ」
扉を開くと、むあっとした異臭が大樹に降り注いだ。
酒の匂いだ。
「うっぷ、なんなの?」
吐き気を催しながら部屋に踏み込むと、
「どぉぉぉこぉぉぉいってたあぁぁぁぁッ!!」
と、ビブラートを利かせた唸り声が響いた。
葵だ。ベットの上に胡坐をかき、真っ赤な顔と据わった目でうーっと唸る。
手に持ったワンカップの〝鬼殺し〟と散乱している空きカップが、現状を分かりやすく説明してくれた。
「あんた酒飲んでるの!?」
「っく、やけ酒だよっ!
起きたら大樹ちゃんいないんだもんっ!!」
「やけ酒っておい……」
「いいからちょっと、ひっく……ここに直れぇ!」
すごい剣幕で言われ、大樹はおずおずと正面に正座する。
葵はつんっと臭うしゃっくりをしながら、なんのつもりか、大樹のポニテを掴んで、
「どこいってたんですかぁ?」
っとくいくい引っ張りながら、ねちっこい口調で尋問を始めた。
「いやね、ちょっと眠れないもんで散歩を……」
「大樹ちゃんはぁ、狙われてるって自覚がぁ、足らないんじゃないんですかぁ?」
なんか怖い。すっごく怖い。
「う、うん……そうかもしれない」
「私がですねぇ、どんなに心配したかぁ、知ってるんですかぁ?」
「あの、なんで敬語?」
「いーわけしない!!」
「いだいいだいっ! してないし! いいわけしてないし!!」
「まだいうかぁ! こんの、こんのぉ!!」
「髪抜けるッ!! 頭皮ごと抜ける!!
ごめんなさいっ! 謝るからっ!! 許して!!」
「大樹ちゃんの、バカァ────ッ!!
びえぇぇぇぇぇぇぇ────────────────ッ!!」
「うわーん、もうなんなの? こっちが泣きたいわよぉ」
「バカバカバカバカぁ……むにゃ」
突然ぱたんっと、葵は大樹の膝の上に倒れた。
そして気を失うようにそのまま寝息を立て始めた。
本当に心配をかけたらしい。大樹の顔を見て、安心して気が緩んだのだろう。
膝枕の上で、くーくーと安らいだ寝顔を見せていた。
「……ちょっと悪いことしちゃったな」
頭を撫でてやりながら、黙って出ていくのはまずかったな、と反省してしまう。
大樹は葵を布団の中に寝かせると、散らばった空きカップを片づけ始めた。
「たいきちゃん──、」
ぽつりと葵が呟いた。
「──東京行っちゃ、やだ……」
「……」
まいったなぁ、と深い息をついて、後片付けを終わらせる。
あくびを一つついて、葵の隣にもぐり、もう一度寝直すことにした。