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シネマね!~剣とナゴヤがB級ホラー~  作者: 山田中ミキヤ
前章 剣とナゴヤがB級ホラー
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映画とういろうと妹分 1

 三月の末。時刻は二十三時を過ぎたころ。

 星の少ない名古屋の空に、月がぽっかり浮かんでいた。

 オフィス街は寝静まり、反対に繁華街が夜の喧騒に沸いている。

 金のシャチホコで有名な名古屋城から南西へ徒歩数十分、一対に聳え立つタワーズがトレードマークの巨大な駅がある。


 名古屋駅だ。その十四番線、東京行きの新幹線専用ホームにて、



「ジョン・スミス大佐、自分、この作戦必ず成功させてみせるでありますっ」


 ──寒空で白く濁る鼻息を荒くしながら、縁もゆかりもまったくない特攻野郎に妙な誓いを立てて意気込んでいる女の子が居る。春というにはまだ肌寒いこの時期らしい、分厚いガウンに、足元には大きなスポーツバッグを置いている。


 艶のある黒髪はストレートヘアで、時折寒風に流れて揺れていた。

 彼女は須藤大樹(すどうたいき)。ういろうと映画をこよなく愛する十八歳。

 高校を先日卒業したばかりだ。

 彼女は神道を由来とする厳格な家庭に生まれ、厳しく躾けられて育ったが、そんな環境に反発し、今夜、半ば家出同然の上京作戦真っ最中なのである。


 ばーん、ぽーんっと、信号音がホームに虚しくこだまする。

 ホームには唯一、チャラチャラとしたファッションのおにいちゃんがベンチに腰かけているが、ほかに人気はない。時刻もさることながら、新幹線ホームには中央と下階に快適な待合室があるからだ。この寒い中をホームで立って待ちぼうけなんて、気合の入り方がおかしい大樹ぐらいなもので、勇みすぎて居てもたってもいられない大樹は好物のういろうをもっきゅもっきゅとかじりながら、低い気温に燃える情熱をぶつけて今か今かと新幹線を待っていた。そんな血走った目で線路を眺めていても、日本が誇る夢の超特急は定刻と安全神話を軽々しく破ったりはしないのだが。




 ぱーん、ぽーん。

 もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ。


 今宵の名駅は、人知れずカオスな状態だった。


 ちょっとして、ホームに〝大脱走〟のテーマが鳴り響く。サルだゴリラだと類人猿の名称を列挙する替え歌でお馴染みのアレだ。大樹のケータイがメールを受信したのだ。


 送信者は〝葵〟。

 内容は、


『ホントに行っちゃうの??

 寂しいよっ!』


「……あんにゃろ……今更うじうじと……っ」

 大樹はイラッとした。

 文末に泣き顔の絵文字を、しかも二個つけているのがさらにイラッときた。

 返信してやる。

『甘えんな』

 そしてういろうを咥えると、

 すぐにメールが返ってくる。

『大樹ちゃんがいないと、寂しい……』

 さらにイラッとくる。

 お前は何だ、私の恋人か!

 返信してやる。


『強く生きろ。あばよ』

『うえーん……つめたいよーっ』

『獅子は子を谷から落とす。

 だいたいそんな感じ。じゃあな』

『今適当に言ってるっ!?

 適当に言ってるよね!?

 ……名古屋に残ってよぉ』

『あーもーっ! しつこいッ!』


 ……そう送信したら、急に返事が来なくなった。

 白熱してた応酬だけにちょっと気まずくなる。

「うっ。……言い過ぎちゃったか?」

 口は悪いが根は優しい大樹が、少々反省しはじめた頃、やっとメールが来る。

 現金なもので、そうなるとまた急にイライラしてきた。

 逆に返信を止めてやる、と、そのつもりで大樹はメールを見た。




『拐』

「……」


 直後にもう一通着信。


『今のは間違いメールでした。

 ごめんなさい。ぺこり』


 そうか、間違いなのか。

 いったいどこのだれになんのつもりで(かどわかす)なんて単語を送信するつもりだったのか知らないが、間違いなら私には関係ないな。うんうん。

 いろんな疑問が沸くが強引に払拭して、大樹は新幹線を待つことに集中した。

「早く来ないかなぁ、新幹線。

 さっきと違う意味で急いで欲しいぞ?」


 ……ぱーん。


 ──ぽーん。


「……ま、あの泣き虫が心配じゃないと言えばウソだけどさ」


 いや。

 本当は彼女と別れて寂しいのは自分なのかもしれない。

 口に出すのは憚られたが、駅の寂しい雰囲気が彼女を少し心細くさせた。

 大樹はポケットからシュシュを取り出し、髪をポニーテールに纏める。


 ホームで大泣きされても困るから、見送りには絶対くんな!

 ……は、さすがに酷かったかな?

 そんなことを呟いていると、急に、ベンチに座っていたおにいちゃんがむくりと立ち上がった。思わず注目してしまう。

 彼は鼻歌を鳴らしながら、なんのつもりか改札への階段を下って行ってしまった。状況がわからないが、まあ人それぞれ事情があるのだろう。


 すると入れ替わりに十歳ぐらいの少女が階段を登ってきた。

 銀色のショートヘアに、サングラス、黒光りする皮ジャンという年齢に相応しくないファッション。なによりあんなくらいの子がこんな時間にに駅の中を闊歩しているというのはどうなんだ? もう一時間もしない間に日付が変わるぞ。

 ヤンキーの低年齢化も進んだなぁ、などと漠然と見ていると、なんと彼女は脇目もふらずに大樹のもとへ歩んできた。


 そして、

「……スドウタイキか?」

 と、大樹のフルネームを言った。

 見ず知らずの妙な子に名前を聞かれてしまった。

「えっと、そう、ですけど……」

 驚いたが、半ば反射的に返事をしてしまう。

 すると彼女は皮ジャンの内側へ手をいれ、何かを取り出した。

 ハンドガンだ。

 先端にはレーザーサイトを装備、その閃光は大樹の額にまっすぐ向けられていた。


 え。

 ナニコレ? どういうこと?


 チラチラと揺れる赤い輝きを見ながら、大樹は現実味が沸かず、いや、現状も理解できずにただただ呆然としているだけだった。




 ──そして名古屋の空に一発の銃声が轟いた

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