厄年の始まり
2658年、ある考古学者が二つの古代の遺産を発見する。
一つは遺跡。
インド洋沖の海底で発見された名もなき古代文明の遺跡である。
そこには謎の素材で出来た大量の奇妙な人形が並んでいた。
遺跡の最深部に辿り着いた学者は、そこにあった石碑を読み解く事に成功する。
その内容を要約すると、「666の年、神は人々の心が善か悪か判断し、悪と判断したら、人々を滅ぼす」との事。
人々当時これを、世界の終わりだの終末論だの騒いでいたが、時が経ち、一部の狂信者を除いて、誰も信じなくなった。いや、忘れていった。オカルトなんてそんなものである。
もう一つの古代の遺産は、北極の氷山の中から発見された、巨大な石碑と小さな指輪である。
その石碑には、終末について、悪魔について 、指輪について、そしてソロモン王について書かれていた。
「ソロモンの遺言書」と名付けられたその石碑と指輪を見つけた考古学者は、指輪を握りしめ、こう呟いたと言う。
「ぜひ、息子で実験したい!」
共にこの石碑を見つけた学者達は、彼の息子、奥田 優太の事を、酷く哀れんだと言う。
「ハッピー……ニューイヤー‼︎」
身内をイラつかせる才能なら天下一の馬鹿オヤジが叫ぶ。
時が流れ2663年大晦日。優太は考古学者の父とその部下の人たち、幼馴染の前嶋 静と共に鍋を囲んでいた。
「まだ年明けてねえよ…」
優太は渋々つっこむ。
井場 恋路、優太の父にして5年前に歴史的(?)大発見をした考古学者。そして変質者。
優太が小学生の頃、父と母は離婚した。
理由は恋路のこのセリフ。
「俺ってモテるじゃん?恋から俺を呼んでるだよ‼︎」
浮気癖が治らない父はこのセリフを吐いた後、慰謝料の代わりに骨を5、6本を母にへし折られ離婚した。
当時は母の羅刹の姿に怯えたが、今では爽快に感じている。
当然、離婚後は母に着いてった。この男の下にいたら、多分お母さんと呼ばれる人が30人ぐらい出来ただろう。
「おじさまはお蕎麦が食べたいだけですよね?」
ふんわりのんびり系女子の静が親父のフォローをする。いらんことを…
「さっすがしーちゃん!よく解ってるね〜!」
言わんこっちゃない。馬鹿が増長した。
「はぁ……」
溜め息をつくオレの心を知ってか知らずか、親父は話しを続ける。
「優太君!ミーちゃんは?」
ミーちゃんとは、母の美夏の事である。
「あんたと年越したら、その年一年厄年だってよ」
「相変わらず酷いこと言うなぁ」
だとしたら毎年出席させられているオレは毎年厄年になる。
恋路は確かに旦那としては底辺だが、親父としては中々なのかもしれない。
元から子供好きで小さい頃はよく遊んでくれたのを覚えている。
離婚した後も、こうして毎年年越し鍋パーティーに呼んだりしている。しかも近所に住んでいただけの静もわざわざ呼んでいる。
ちがう。静を呼んでいる理由は、親父の信条が「美しければ、年は関係ない」だからだ。
確かに静はめちゃくちゃ綺麗だ。テレビや雑誌でも静を越える女性は見たことがない。
だからこそ心配だ。静は絵本の中のおとぎの国から飛び出した世間知らずのお姫様、そのものだったからだ。実際飛び出して来た訳じゃないが…
一番心配なのはこの親父のストライクゾーンの広さ。
美しければ牽制球すらストライクだ。小学生でもありらしい。おばあちゃんでもありらしい。
そもそも美しいおばあちゃんって何だ?解せぬ。
「今はミーちゃんよりしーちゃんの方を愛してるよ〜」
「まあ!おじさまは御冗談がお上手ね」
たぶん冗談じゃない。ガチだ。
こんなんだから静が心配なのだ。
静はとても寛大だ。太平洋よりも遥かに広い心の持ち主なのだ。多分浮気ぐらいじゃ怒らない。
狙っている。2000%狙っている…
親父が息子の幼馴染を口説いている姿は見たくない。
親父の部下の研究者達に目をやると、カップ蕎麦を持って研究室に戻って行くところだった。
見て見ぬ振りとは中々酷い事をする連中だ…
オレの今日の任務は、親父から幼馴染を守る事。
とりあえず話題を変えることにする。
「親父、年越す五分前だぞ」
「マジか!しーちゃんキッチンからポット持って来て!」
「は〜い」
静は立ち上がり、キッチンへパタパタと駆けて行く。
静にお願いしたのは、オレだと断わられると思ったのだろう。事実断ろうとしていた。
親父はコタツから下半身を出さないように後ろの戸棚からカップ蕎麦を三つ取り出した。
コタツから出ないのは多分パンイチだからだ。
パンイチにTシャツの親父はさすがに見たくない。
親父は世間で言うイケメンに部類される。四十過ぎても学生に間違えられる程に若々しい。
そんな親父のパンイチTシャツはさすがに痛々しい。
しかもTシャツには「ビバ!LOVEロード!」と、書かれている。名前が恋路だから。心の底からダサいと思う。
そう言えば、初めてこのTシャツを見せてきた時に変な事を言っていた。
「僕の研究が世界的に認められたら、このTシャツをグッズ化してやんぜ!」
意味は解らない。だが、もしそんな事が現実になったら母は羅刹を通り越し、悪鬼となってこの男を折りたたむであろう。
「なぁオヤジ」
「ん〜…何かな?」
親父はカップ蕎麦にお湯を入れながら返事をしてくる。
静はカップ蕎麦についてきたかき揚げを入れるタイミングについて考えている。いつもどうでもいい事で悩むやつだ…
「オヤジの研究の成果って、結局いつ出るの?」
「僕の研究?ふっふっふっ…二年後には確実に出てるよ?」
「二年後?」
「そう!二年後!世界的有名人だよ‼︎」
「はあ…」
カップ蕎麦が出来上がるの待ちながら自信満々に答える。
「そろそろですね」
静がテレビを点けると、丁度行く年来る年がやっていた。
「みんな、三分経ったよ!」
カップ蕎麦の蓋を開けると、美味しそうな匂いが溢れてくる。
静は結局かき揚げをお湯を入れて直ぐに入れていたらしく、ぐちゃぐちゃになっている。
「それじゃみんな、準備はいい?」
親父はこちらの顔を見てくる。
除夜の鐘の最初の音に合わせていただきますを言うのが、我が家の掟だ。
テレビに映ったお坊さんが大きく振りかぶる。
「「「いっただきま〜」」」
しかし、除夜の鐘は鳴らずに、代わりにけたたましいブザーの音が鳴り響く。
「な、何だ⁈」
「おじさま、目覚ましの音が凄くうるさいですよ?」
「いやこれ、目覚ましじゃないと思うよ⁈」
事態を理解していると思われる親父を見てみると、いつになく真剣な顔をしたいた。
「ばかな…早すぎる‼︎」
表情からかなり動揺していることが読み取れる。
「クソがっ‼︎」
慌てて立ち上がった親父の姿を見て、静がブザーよりも大きな悲鳴をあげ、それと同時に奥田優太の人生最大の厄年が幕を開けた。
悪魔達は二話目以降に登場します。
二話、三話は直ぐに投稿できるはずです。
悪魔達の挿絵も次回からの予定です。