結実
ある大学の図書館。
そこに、四人掛けのテーブルの半分ほどを、数冊の本と一人の男性が占領していた。
男性の歳は二十歳くらい。大木のような体つきの上に、三十路にも見えるような坊主頭が乗っていた。
先ほどから、本を流すようにめくっては指を止め、ノートに何か書くという動作を繰り返している。
彼が本を閉じるのとほぼ同時に、男性が正面の本棚の間から出てきた。そのまま正面の椅子に座る。
「大西くん、卒論の進み具合はどうかな?」
気さくに話しかけているが、年齢は五十歳前後で、首に職員用のカードをかけていた。
「お久しぶりです。向井教授」
彼、大西は居住まいを正して一礼した。そして、すぐに本をどける。
「順調ですよ。遅くとも、来月中には書き上げられます」
それを聞くと、向井教授は蓄えられた顎ひげを、つまむようになでながらうなずいた。
「そうか、何よりだ」
言い終わると、なでるのをやめてあたりを見回し始める。
大西がいぶかしげにながめていると、急に向き直り、
「君は、確か教職関係の講義を受講していたよね?」
唐突にそう切り出した。
「ええ、高等学校の教員試験も無事に合格しましたが」
大西が言い終わらないうちに顎ひげをなではじめ、
「知り合いに高校の校長がいるのだが、体育の教師を探しているらしくてね。新卒でも構わないと言うから、君を紹介しようと考えているんだ」
と、まくしたてるように言った。
大西が反応に困っているのを、楽しげに見ている。
「武田教授にも、それとなく伝えてある」
追い打ちをかけるように言う。
そして、
「考えておいてくれたまえ」
そう言うと、椅子から立ち上がり、さっさと本棚の向こうへと消えていった。
キツネにつままれたような顔をした大西が大きく溜め息をつく。
「相変わらずだ」
呟くと、本をまとめ、本棚に戻し始める。
戻し終わると、司書の女性に一礼してから図書館をあとにした。