~霹靂~ 7.
「──きが──てるのよ。だからさ、……って、ちょっと、さくらぁ! 聞いてる?」
「……う、うん? いや、ゴメン。……聞いてなかったかも」
ふと気が付けば、帰りのホームルームもいつの間にか終わっており、クラスメイトの半数も帰ったか部活へ向かったかした後だった。
「で、すずちゃん。何だった?」
すずの傍らには、心配そうに眉を下げた佐穂里もいた。
「う~ん。いや、帰りにケーキ食べ行こうって話してたんだけど。……そんなことより、大丈夫?」
「……? 何が?」
「『何が?』じゃないって! アンタよアンタ! ……そりゃあ、朝あんな事があったんだから分からなくは無いけど、今日一日うわの空だったじゃん」
「ねぇ?」と同意を求められ、素直に頷く佐穂里。
「……さくらちゃん、具合悪い? 保健室行く?」
「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと……」
二人に心配させては悪いと思い、急ごしらえの笑顔を見せる。が……ダメだ、何故だか上手く笑えない。
「……ゴメン。やっぱ調子出ないや。悪いけど今日はパスさせて?」
「いや、……そりゃあ、別にいいけど」
「本当に大丈夫? お家まで送って行こうか?」
佐穂里が不安げに顔を覗き込む。
「大丈夫! 大丈夫! ……それにさほ達、家、逆だし」
すずと佐穂里は電車組だ。仮に付き添いを頼んだ場合、二人が各自宅へ帰り着く頃には、ヘタをすると綺麗な月が夜道を照らしてくれている事だろう。
このままじっとしていると本当に着いて来ないとも限らない。ここは早々に立ち去るべきだろう。
「じゃあ、私は先に帰るね。さほとすずちゃんで美味しいケーキの発掘よろしくっ!」
そう言ってカバンを手に取ると、教室のドアへ向かって歩き出すことにした。
が、その時、私の横をダッシュで駆けぬけ、先にドアをくぐる後ろ姿が目に飛び込んだ。
(……すずちゃん?)
そして、その姿は最早、見えない。
何だったのか、と思い後ろを振り向くと、先程と同じ位置にいた佐穂里は首をかくん、と傾げ、突っ立っていた。
結局、私は一人で駅まで歩いてきた。
バスターミナルをぐるりと回る。いつも通学に利用しているバスは5番乗り場。今回はそれを無視して1番乗り場を目指す。そう、目的地は家じゃない。区立図書館だった。
自分でも何を考えているのかなんて、分からない。……だけど気になるんだ。
そう、気になっちゃうんだから仕方がないじゃない! ……私は知りたい! 亡くなった「そっくりさん」が誰なのか。本当に私に似てるのか。そして、そうならば何故、自ら死を選ばざるを得なかったのか──。図書館にならば各社新聞紙、それに端末も用意されていたはずだ。
バス停、1番乗り場に着くと、先客が結構いる。9割が桃花台高生だった。目算だけれど、丁度座れるかどうか、といったところか。特に座りたいワケでもないし、立つならそれでも構わない。
しばらく待つと、ロータリーからバスがやって来た。そして、目の前の停留所に横付けされ、扉が折り畳まれる。
行列の前方から徐々に座席を埋めていく。私が乗車口まで進む頃には、座席はおよそ埋まっているか相席か、だった。別に相席自体に抵抗があるわけでは無いけれど、知らない男子の横に自ら腰を下ろすのはさすがに気が進まない。
キョロキョロ物色していると、なんという事か、二人掛けの座席が空いていた。友達同士、お互いに座席をキープし合っていた女子生徒が一方を開放したらしい。それでは、と遠慮なく失礼する事にする。
程なくして私の横も空席では無くなった。窓の外に顔を向けていたので目の端に映っただけだったが、白の開襟シャツ。男子の学生服だった。じりじりいざって、少しでも窓際へにじり寄る。
ブザーが鳴り、扉が閉まる。発車するようだ。
そして、私は車窓の人となる。
……しかし、少し冷静になって考えてみると、見ず知らずの赤の他人の事件を調べてどうしようというのだろう?
私には両親がいない。幼い頃の記憶もあやふやだ。
仮に、もし仮に自殺した少女と私に何らかの関係があったとする。そうしたらどうだろう、分かった事でスッキリするのか?
……否、
スッキリする訳がない。むしろ余計に気になる。慎ましやかだが、今はおばあちゃんとの暮らしに幸せを感じている。もしかしたら、それすら壊れてしまう事に為りかねない。
じゃあ、少女と私が全くの無関係だった場合。これはどうか。
……これまた、否。
見ず知らずの少女の死を暴いて気持ちの良い訳がない。
「……う~ん、困ったぞ」
私の心の呟きは、思わず音となって漏れてしまったようだ。
「何が『困った』んだ?」
(――!? な、何!?)
「……何だよ」
「何で、シュートがココにいるのっ!?」
鼓膜に響いた、聞き覚えのある声に横を振り向けば、秀人が私の隣に、でん、と腰を下ろしていた。
「何で? って、いたじゃん。最初っから」
「……部活は!? っていうか、何処行くのよ!?」
秀人は、何言ってんだ? この馬鹿は、とでも言いたそうな顔で溜息をついてから、こう言った。
「何言ってんだ、この馬鹿は?」
「──くッ!?」
「えっと、箕浦さんだっけ? さくらの友達の」
「……すずちゃん?」
「そう、すずちゃん。……彼女がさ、俺のクラスに走って来て『さくらが大変なの!!』って。助けてあげて欲しいって、側にいてあげてくれって涙流すもんだから……」
(──あんのヤロウ。嘘泣きなんぞしおって!)
うおんっ、と一度、咳ばらいで喉を調える。
「……で、何。部活まで休んで後つけて来たわけ?」
「んなっ!? 人聞きの悪いっ! お前が深刻そうな顔して、いつもと違うバスに乗り込むからっ!」
「……だから?」
「…………」
「だから、何?」
「な、……何って、……」
「もしかして、心配とかしてくれちゃったりしちゃったわけ?」
「……ッ!?」
「ほれ、ほれ」
「……わ、悪いかよっ!」
「べっつにぃ~」
──『幼なじみ』。
そう呼ぶほど、馴染んでいる覚えはないけれど、客観的に見ればそう見られても仕方ない程の時間を、共に過ごしてきたのは間違いないのかも知れない。
少なくとも秀人は、私と同じ時間で動いている、そう思った。
「──で、さくら。お前、何処向かってんの?」
「図書館!」
「……図書館? なんで、また」
「自殺の真相、調べてやるの」
「──!?」