~霹靂~ 6.
──放課後の教室。
何とか一日が終わった、というよりは、気が付けば授業が全て終わっていた。
教科書をカバンに詰め込み、帰り支度を整える。そうしながらも口からは溜息が漏れ、それと一緒に思い浮かべるのは朝の出来事だった。
──あなた、昨日死んだはずじゃ──
朝田加世子は、ああ発言した後、ぐるん、と白目を向いて床に倒れた。
騒ぎを聞きつけた教員たちによって加世子は保健室へと運ばれていったが、ケアして欲しいのはむしろ私の方だ。まるで身に覚えの無いことで難癖をつけられた挙げ句、被害者然とされてしまってはまるで交通事故にでもあった気分だった。
だが、この謎はわりとすぐに解ける。
朝のホームルームを早々に切り上げた担任の松村先生は「日々乃、ちょっといいか?」と言って私を職員室へ連れて行ったのだった。
松村先生は、自分のクラスの生徒が倒れたと聞き保健室へ駆けつけたが、その時、加世子は既に目を覚ましていたらしい。先生は加世子に事情の説明を促し、そしてそれを聞くうちにベッドの中の少女に同情をした。なぜなら、どうやら先生にも思う所があるらしいのだ。
松村先生は、隣の教員の椅子へ私を腰掛けさせた後、しばらく「あー」とか「んー」とか唸っていたが、ようやく重い口を開くように私に話し始めた。
「……まぁ、気ぃ悪くせんで欲しいんだが、実は昨日、〇〇県〇〇市で若い女性が亡くなった。死因は自殺。……飛び降り、らしい」
人差し指で喉元をポリポリ掻く松村先生。
何か喉の奥に引っかかっているのであろうか。また喉をしきりに鳴らしている。もしかしたら、それでさっきからハッキリした物の言い方が出来ないのかも知れない。
私はじれて先を促した。
「先生! それが何か私と関係あるんですか?」
言い終えてみると、我ながら少しキツイ言い回しだったかな? と思ったけれど、あえて気にしない事にする。
「……うん」
「うん」って……。五十過ぎのオジサンには少々失礼かも知れないが、しゅんとした物言いが何だか少しカワイイ。
「実は、その亡くなった女の子な、……お前に似とったんだわ。それも面影があるとか、どこか似てるとか、そんな話じゃなく、……まぁ、瓜二つだった」
先生は昨日、隣りの県である〇〇市へ用事で出掛けていたという。そこで飛び降り自殺の現場に遭遇してしまったそうだ。
人だかりに吸い寄せられるように近づいた松村先生は、高校生くらいの女の子が自殺した、と耳にし、肝を冷やしたという。何しろ、昨日は一般的には平日。当然、会社も学校もある。学校が休みだったのは創立記念日で休校だったウチぐらいであろう。もしや自分の学校の生徒では!? と戦々恐々、遺体──助からないであろうことは明らかだったそうだ──を確認しに行ったという。
そして、アスファルトに赤い花を咲かせている、白いワンピースドレスを纏った少女を見て、膝が崩れるような衝撃を受けた。あれは、まさに自分が担任をしている生徒ではないか、と。
松村先生はまもなく到着した警察に話をし、また詳しく聞き、少女の所持品から身元が判明して、“日々乃さくら”ではない別人だ、という事がようやく分かって、大いに安堵したという。……全く人騒がせな話である。
「……それでな、朝田も昨日の現場に偶然居合わせたそうだ。そんで、日々乃が死んじまったと思い込み、飯は喉を通らず、夜は眠れずで緊張のしっぱなしだったらしい。……まぁ、全てはお前を心配しての事だ。悪く思わんでやってくれ」
そう言うと、先生は私に向かって頭を下げた。
「…………」
──正直な話、何をどうすれば悪く思えるのか、それが私にはよく分からなかった。
死んだ、とは言ってもそれはあくまで「そっくりさん」であり、当然ながら私ではない。加世子に対しても理由が分かってしまえば気の毒だ、と思いこそすれ怒りなんて持ち得ない。若干の気味悪さは拭いきれないけれど、気持ちの良い話じゃなかった以上、それは仕方のない事だと納得できる。
私は「はぁ」とだけ返事をし、退室の礼をして、既に一限の授業が始まっている教室へと帰って行った。
特に音量を落とす配慮もせず、ガラガラッと開く乾いた摩擦音で、教室中の注目を集める。
「──遅くなりました」
頭を、ちょこん、とだけ下げて自分の席を目指す。途中、一つの空席が目についた。
……どうやら、加世子はまだ戻っていないようだった。