~霹靂~ 3.
私は高校までの道のりをバスで通っている。
バス停は家の近くにあり、そこまでものの5分もかからない。
県道沿いにぽつんと建つ雑貨屋──旧世代のコンビニのようだ──の前にその標識は立っていて、雑貨屋の軒下には、背もたれにジュースの名前の書かれたそうとうに年期入りのベンチが申し訳程度に置かれている。そこに今は私一人だけだ。
剥がれかけた塗装やささくれ立った座面に気が引けて、イマイチ利用する気にはなれない。
なんか、あれに似ているな、とふと思う。害虫を寄せつけない為に棘を身につけたバラや、捕食を恐れるあまり己の身に毒を宿した小動物──。
思わずどぎつい色のカエルを想像してしまったせいか、初夏だというのにブラウスから覗く腕には無数の鳥肌がたっていた。
我ながら下らない、無意味な妄想に耽りつつ暫く待っていると、定刻通りにバスはやって来た。
前方の扉が、ぷしゅうと気を吐いて折り畳まれる。
「おはようございます!」
「おはよう。──アレ、今朝は君だけかい?」
このバス停は始発駅に程近い。車内にも乗客はいなくて、ここから乗車するのもこの時間は私達くらいのものだ。運転手のおじさんはもう一人の学生の事を聞いているのだろう。
「……そのようですね」
一応、形だけ辺りを見回してみせた。
定期をカバンにしまい、一番奥の長椅子に腰を下ろす。
バスは重たい体を動かす老人のように緩慢に走り始める。が、すぐに止まった。十メートルも進んではいなかっただろう。
何かな? と前方に注意をはらうと、また、ぷしゅうと扉が開かれた。運転手のおじさんの優しく笑う声と、息を乱している荒い呼吸が聞こえる。
「ハァ、ハァ、……す、すいません」
もしや、とは思ったが、やはり知ってる声だった。
──秀人だ。
秀人は私を見つけると、息も絶え絶え、私の隣りに腰を下ろした。
「……すごい!」
「ハァ、ハァ、……何が?」
「力ずくでバスを停めた人、私、初めて見たっ!」
鳴沢秀人。私と同じ高校に通う男の子。幼なじみと呼ぶほど馴染んでいる覚えはないけれど、客観的に見れば……きっとそうなのだろう。
「俺も! ダメもとだったけど、停まってくれて助かった」
薄い夏服のシャツが汗で体に張り付いて、なんだかとても気持ち悪そうだ。
「……ねぇ」
「あん、何?」
シャツの胸元を掴んでパタパタさせる秀人。
「あっち。離れて座ってよ」
側の空席を差した私の指先を一瞥した後、
「……はぁ? 何でだよ」
と、秀人は視線を私に戻す。
私はその手でそのまま自分の鼻をつまんで、こう言ってやった。
「汗臭いのが移る」
秀人は顔をひきつらせながら「え、ええっ?」とたじろいだ。
私が相手とは言え、思春期の異性に拒否されたのだ。きっと悲しいことだろう。その様子がとても滑稽だ。
私がこらえきれず声を上げて笑い出すと、秀人はそれが冗談だったと悟り表情を緩めたが、暫くするとからかわれていた事にも気づき、今度はふてくされ始めた。
おもちゃにしたお詫びだ。私はいつも予備としてカバンに入れている赤いギンガムチェックのハンカチを秀人に手渡した。この程度の布切れで事足りるとは思えないが、きっと無いよりはマシだろう。
私の笑いはその後も止まらなかった。余りにも笑い続けるので、秀人にまで笑いが伝染して二人で笑いあった。
もう何が理由で愉快なのかも忘れてしまうほどに。
バスに他の乗客が乗り込むまで、ただ、笑い続けた。