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  ~瓦解~ 3.

 

 

  

 

 《日々乃さくら》

 (──これは、私)

 

 《倉持サクラ》

 (──自殺した少女。シュートの大切なひと……)

 

 《和泉咲良》

 (──今朝ニュースでみた、被害者の少女)

 

 古文の授業中。

 開いたノート上に、3つの名前を書いてみた。それぞれ姓と字面は違っていても『さくら』という名前の読みは共通点。

 (うーん)

 ボールペンをくるくる回す。

 考えながら、

 くるくる、くるくる。

 名前は『偶然』で納得出来たとしても、いやはや、顔が同じというのまでは解せない。一体何故だろう……。

 その時、はたと閃いた。

 (──そういえば!)

 そういえば、年も一緒だ。学年までは確認していないけれど多分同じだろう。

 頭の回転に呼応するように、

 くるりん、くるりん。

 ペンの動きも回転を増す。

 くるりん、くるりん。

 一卵性双生児……? 私には昔の記憶がない。両親の顔も覚えていない。私に姉妹はいないはずだけど、でも、お婆ちゃんに確認した事なんてあったっけ……。

 そもそも、三つ子の一卵性双生児なんてあるのかな? 違うか、三つ子だから『双生児』じゃなくて『多胎児』だっけ。

 くるるん、くるるん。

 (それにしても──)

 くるるるん、くるるるん。

 考えてしまう。それにしても、姉妹かもしれない人が二人も死んでいるってどういう事だろう。原因は違うにせよ、立て続けになんて……。

 くるるるる、くるるるるる、すっぽーん──びし!!

 「あいたっ!」

 (……『あいたっ』?)

 声のする方、真後ろを向くと、そこにはおでこに手を当ててのけ反る格好の佐穂里がいた。

 「……いったぁぁぃい。──さくらちゃん! ボールペン……飛んできた」

 涙目でうったえる佐穂里。額の手をどけて、その手を見つめた。……多分血が出ていないか確認しているのだと思われる。大丈夫、血は、出ていない。

 「いやぁ、ごめんごめん! 危うくさほを傷モノにしてしまうところだったわ。……ところで。ごめんついでに、もう一つ。──さほのおでこ“飛影”みたいになっちゃった」

 えぇっ、とコンパクトミラーを取り出し、覗く。佐穂里は目を閉じた程度の大きさの横線をそこに見つける事だろう。

 「…………」

 「……ごめん」

 「……邪眼ね」

 「うん、邪眼。……開眼してないのがせめてもの救いかも」

 

 この後、古文の先生に怒られたのは言うまでもない。

 

 

 放課後。私と箕浦すず、そして、おでこに絆創膏をばってんに重ねて貼り付けた佐穂里との三人で、学校を後にした。

 「それにしても今日のさほには笑わせてもらったわ」

 「もう! さくらちゃんのせいじゃん」

 駅に向かう通りを真っすぐ歩く。今日は何を食べに行こう、お詫びに奢ってあげるから。500円までね──、なんて会話を交わしながら信号のない交差点を直進する。

 と、その時──。ふいに右方向から視線を感じた。

 ふと振り向き、そして、私は驚愕した。

 「────っ!?」

 

 私と、同じ顔の少女が、そこには立っていた──。

 

 少女は漆黒の長髪を白のワンピースへ垂らし、こちらをじっと見つめている。

 倉持サクラとも、和泉咲良とも違う、別の少女……?

 目と目が合った、その瞬間、彼女の瞳に吸い込まれる錯覚を覚えた。

 (──この感覚はっ!)

 あの時と同じように、また、私の脳に映像が流れ込んでくる。

 

 

 

 最初に見えたのは、倉持サクラの姿。

 

 (──屋上で見たものと同じ……?)

 

 (──いや、違う! 今度は私が倉持サクラを見ているんだ)

 

 一度、ブラックアウトして、次に見えたものは、怯えながら逃げ惑う少女の後ろ姿だった。

 背の高い草が生い茂る道なき道を、ひたすらに、ただ走る。

 それほどスピードが出ているようには感じないけれど、それでも背中を捉え続けているということは、きっと『私』も少女と同程度の速度で追っている、ということだろう。

 時刻は……夜だろうか。

 視界を遮るほど伸び放題に伸びている草のせいで場所の特定は難しいけれど、反面、高い樹木が見当たらないおかげで、この『体』の躍動に合わせて、視線は無数の星々とひとつの月を、網膜へ映し出していた。

 幾度めかとなる振り返りの際、光の加減だろうか、初めて先行する少女の顔があらわになった。

 彼女は──、

 

 (──和泉咲良っ! 間違いない!)

 

 和泉咲良は、なおも後ろを振り返りながら『助けて』と息を乱し、『私』から逃げていく。

 

 彼女が何かに躓き、転倒した。

 

 (──追いついた)

 

 『私』の手は、何かを抱えるように持っていた。


 (──チェーンソー!?)

 

 『お、お願い……助けて、殺さないで……』


 少女の願いをよそに、左手へと持ち替えたチェーンソーの、何やら紐を思いっきり引っ張る『私』──。大きな悲鳴にも似た音を上げ、チェーンソーは鼓動を始めた。

 

 『いやぁぁぁぁぁぁっー』

 

 泣き叫ぶ少女。

 

 唸りを上げる武骨な機械。

 

 (──やめて)

 

 振り上げられたそれは、まず、少女の左肩に向かって襲いかかる。

 少女は無謀にもそれに対し、右腕をかざしてかわそうと試み、足掻いてみせた。

 ……しかし、それは目標の前に新たな標的が出現しただけであり、結果としてなんの抵抗にもならず、まず、少女の右下膊部が多量の鮮血を伴い削げ落ちた。


 『ひぃぎゃああああああぁぁぁー!!』


 続いて、そのままの勢いで、今度こそは、と左肩に迫る。

 

 (──お願い、やめてっ!)

 

 『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ』

 

 (──もう、もうやめて……)

 

 跪き、うなだれる少女の首元へと目掛けて……、再びそれは咆哮をあげた。

 唸りを伴い、高く高く掲げられた獣の牙は、ぬらぬらと赤く不気味に月光を照り返しながらも、なお吠え続けた。

 それはまるで、狩りを楽しむ猛獣の雄叫びのように、しんと静まる虚空へと溶けていった。

 

 

 『私』は、少女を大小六つに切り分け、無造作に放置した。チェーンソーもその場に放り棄てる。そこには《〇〇木材 佐々木》と書かれているのが目に入った。

 次に『私』は、ポケットから煙草の吸い殻と数本の頭髪が入ったビニール袋を取り出し、少女だったものの上へ、逆さまにして振り掛けていった。

 

 

 そして、視界はだんだんと白く覆われていく。

 

 

 

 「──さくらっ!」

 「──さくらちゃん! どうしたの、返事してっ!」

 (…………)

 (……すずちゃん、と、さほ?)

 気がつくと、私はガードレールにうなだれる格好でしがみついていた。

 「ああっ! さくら、気がついたみたい」

 はっ、と辺りを見渡す。

 (──いない)

 もうそこには、私にそっくりな少女の姿はなかった。

 膝の感覚が失われたようで立っていられず、その場に崩れ落ちるようにぺたん、と腰を落とした。

 「さくら!」

 「さくらちゃん!」

 全身が、震える。

 細かく、がくがく。振動をおこしているよう。

 まるで彼女の命を奪った、あのチェーンソーのように。

 「……あの子、生きたまま切り殺されたんだ。……可哀想。痛かったよね……」

 私の頬を、何かが伝っている。──涙だ。私、泣いてる?

 

 

 涙が止まらなかった

 

 怖くて……。

 

 私は声を上げて泣いた

 

 哀しくて……。

 

 泣きわめかずにはいられなかった

 

 悔しくて……。

 

 

 通行人がいただろう。小さな子供も見ていたかもしれない。すずだって、佐穂里だって見ている。

 それでも構わなかった。

 構わず泣いた。

 

 だって、そうする事しか出来なかったから……。

 

 


 


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