~瓦解~ 2.
どのチャンネルに合わせてみても、この事件のニュースは盛んに取り上げられていた。今現在、この日本において一番の注目度であることは間違いないように思われる。
モニターの中では、被害者の通う学校なのだろうか、インタビュアーが生徒とおぼしき通行人の足を止め、「どんな生徒だったのか?」との質問を浴びせていた。しかし、妙なことに、誰ひとりとして制服を着用してはいなかった。むろん、カメラは足元しか映さないけれど、それが私服であるのか制服であるのかくらいは一目瞭然だ。
まぁ、都会の学校では制服がないところもある、と耳にした覚えもある。きっとそうなのだろう。
朝食を口へ運びながらも、後ろめたさと気まずさから『まるで路傍の石でも眺めるかのように観ています』とお婆ちゃんの目に映るよう気を払いつつもニュース番組を注視していると、次に画面へ映し出されたのは何かの記念撮影であったのだろう『和泉咲良(17)』というテロップと、その少女の顔写真だった。
「────!!」
瞬間、白米が気管への潜入を試みた。反射的に人体の安全装置が作動し、私の体は、排気をもってして小さな兵隊の侵入回避に成功した。──つまり、むせた。
私がこほこほ喘いでいると、お婆ちゃんが湯呑みにお茶を注いで手渡してくれる。……いけない、蠕動運動すらままならない。
落ち着きを取り戻しつつももう一度、今度はしっかりと画面を見つめてみた。
栗色の淡い毛髪は顎のラインで切り揃えられており、そのスタイルからは、やや活発さが伺える。──が、
(……やっぱり)
・・・
やっぱり、その容姿は私たちのそれと生き写しだった。
まじかっ! などと思わず口走ってしまいたい衝動に駆られる。
その衝撃は、知らぬが仏、を旗印として掲げ始めた私の心を惑わすには充分すぎた。
この事件の話題性の要因には、うら若き少女──と言っても許されるよね? だって、まだ私たち高校生だし──の無念さの他に、もう一つあった。
それは──残虐さ。
彼女は四肢と頭部がそれぞれ切断され、六つのパーツに別けて捨てられていた、と報道は言う。
俗にいうところの、バラバラ殺人だ。
凶器はチェーンソー。現場で遺体と一緒に落ちていたものが発見されているらしい。それを含めた遺留品から犯人の特定を急いでいる、という。
『……繰り返しお伝えしております。30日未明、△△県△△市、△△川の河川敷において──』
私はお味噌汁を啜りながらも何気なさを装い、試しに言ってみる。
「……へ、へぇー、バラバラ殺人だって。怖いね、お婆ちゃん。──この子、私と同い年だよ」
お婆ちゃんはちらっと目だけで画面と私を見て、興味なさそうに言った。
「世の中おかしなのは何処にでもおる。さくらも気を付けなさい」
テレビの中の話題より、目の前のアジの開きの方が関心事、という体だ。……なかなかのポーカーフェイスといえる。ちなみに私はポーカーが弱い。動揺が顔に表れていないことを祈るばかりだ。
わざわざ問い詰めはしないけれど、私は、私たちが無関係だとはもう流石に考えていない。倉持総一郎氏からの手紙がうちに届けられた時点で、何らかの因果関係があるとするのは最早当然の帰結だと思う。……ただ、私は許容した。無関心を許容することに決めたんだ。
──だから、
「うん、気をつける。すずちゃんやさほにも、あんまり寄り道しちゃダメだよって言わなきゃね」
と返した。
いつもと変わらない朝食の風景──。その演出家兼役者は、お婆ちゃんと私。
それは、団欒、とは異質で、あたかもホームドラマの一節をそらんじているみたいな何とも白々しさの漂う、はりぼてのような風景に思えた。
この日から私は校内でちょっとした有名人となった。──言うまでもないけれど、被害者と私が瓜二つだ、というのがその理由。教室の内外問わず、野次馬の居ること居ること。
すずなどは、
「ホラ、自分とソックリな人が世の中には五、六人いるってゆーじゃん!」
と気休めの言葉をかけてくれるけど、間違っている上に、そんな程度で休まる気なんてものは、私ははなっから持ち合わせていない。だけれどそう言ってくれる事で、周囲の混乱の方が多少は鎮静化されていくように感じられる。
「……たしかになー」
とか、
「っつーか、今どきの女なんてみんな似たような顔してっし、ぶっちゃけ区別つかねーわ」
とか、
「ってか、日々乃って、だいたい誰よ?」
……とか(怒)。
私のこと自体知らないヤツは勿論のこと、今朝のニュースで「あれ、どっかで見たことあるかも?」という程度のヤツらは次第に興味を失い、その数を減らしていく。
しかし、朝田加世子を筆頭に、倉持サクラの一件を知る生徒──主にクラスメイト──はその限りではない。
自然と溜め息も出る。
「──はぁ、まるで動物園の生き物の気分だわ」
「……ゴリラ?」
ああ、早く授業始まってくれないかな。
すずの側頭部の強度を平手打ちで測定しながら、人生で初めてそう思った。