~prologue~
~Prologue~
ぷかぷか、
ぷかぷか。
わたしの棲む世界は水槽で出来ている。
毎日、ぷくぷく、ぷかぷか。
水に浮かんで暮らしている。
水槽はなんだかとても暗くて、部屋全体の様子もよく分からない。……わたしには関係の無い事だけれど。
でも、定期的に誰かがやってきてわたしに声を掛けてくれる。
ひとりだったり、大勢だったり。色々な人間がわたしを見に来るみたい。
たぶん、元気に動いてみせることがわたしに与えられた仕事なんだろう、そう勝手に思っている。
やがて、また複数の足音が聴こえ始めた。
いつも断続的に人の気配はあるけれど、大勢でわたしを見に来る時間はどうも決まっているみたい。
「──さわってもいい~?」
他と比べて細く、高い声がわたしにたずねる。
わたしは話すことが出来ないけれど、そういう時は決まってわたしの代わりに応えてくれる声がある。
「いいわよ。でも、そ~っと。ね?」
水槽全体に響くような声の向こうから「やったぁ!」と小さく聴こえた。
この声の持ち主はわたしに触れるのが好きみたいだ。いつもわたしに触れたがる。
軽い圧迫感を合図に、やれやれ、とため息をつきたくなる。
「あっ! うごいたぁ」
そう、わたしは気前がいい。身じろぎをするといつも喜ぶので、しぶしぶ動いて差し上げる。
ほどなくして、太く低い声が近づいてきた。
「さぁ、もう行こうか。俺達は食事にしよう。……さくら。何食べたい?」
しばらくわたしの側で怖ず怖ず話していた声は突然トーンを変え「ハンバーグ!」と声を弾ませ、水槽から遠ざかって行った。
やがて水槽はもとの静寂に包まれる。
わたしはただただ、たゆたうばかり。
これまでも、そして、たぶんこれからも……。
ぷかぷか。
ぷかぷか、と……。