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第八話 「これからの部費の話をしよう」

第八話


 部室に入ると、中村部長が何かコップに入れて飲んでいた。

「やあ、きみも飲みますか?」

「なんですか、それ」

 透明なコップの中には、なにか妙な色の液体と泡。ひらひらと緑色の何かが浮いているようにも……。

「スパークリング味噌汁というんですけどね。具のワカメが口の中ではじけて、新触感ですよ」

「全くしっかり大丈夫です」

 私はやんわりと、しかし確実に拒否した。

「そうですか。面白い味なんですけどね。……ああそうそう、話は変わりますが、今年何か部活で必要なものはありますか? 先ほど部費の予算が決まったんですよ」

「必要なもの、ですか……。ところで、部費はどれくらい出るものなんですか?」

「まあ、今年の部費は1億とんで3万円くらいですかね」

「はあ、1万3千円ですか」

「いえ、1億3万円です」

「……億?」

 私は仰天した。

「ええ。学校側から出た部費が3万円と、我々がアルバイト等々で稼いだ金額、それにこの名前のない部活の前身となる同好会を運営されていたOB・OGの方々から頂いた寄付金を含めると、だいたいそんな感じです」

「……なんだか、すごすぎますね」

「まあいいんじゃないですか。部費は多いに越したことはないですし」

 中村部長はスパークリング味噌汁? というちょっとわけの分からない飲み物を飲みながら淡々と言った。

 この部活、あいかわらず謎……。

「とりあえず部費を余らせてしまうのもなんなので、他の人にどういう風に使うか聞いてきてもらえませんか」

 中村部長は言った。


※※※


 私はそういうことで、まず倉下先輩を訪ねた。

「部費の使いみちねえ。去年は確か市内の駄菓子屋のお菓子を根こそぎ買い占めてあわやマスコミ沙汰になるところまでいっちゃったのよね。そのあといろんな人が結局うやむやにしちゃったらしいけど」

 先輩は言った。

「……」

 私が、驚きとも呆然ともいえない表情をしていると、

「いやまあ、部費はたんまりあるし。だったら何かデカいことしようぜ、と先輩方が」

「特○野郎○チームみたいですね」

「まあそれはともかく、お菓子を買うには買ったんだけど当然1億円分のお菓子なんて絶対に食べきれないから、近隣の小中学校に配ったの。でも、今年はさすがに部費の使い方のネタ切れなのかしら」

「倉下先輩は何かやりたいこととかないんですか?」

「そうねえ、近場の温泉に行って、お風呂上がりにマッサージ機に揺られながら……今後の人生について小一時間考えるとか、いいかもね……」

「……何か、考え方がすでに大人びてますね」

「まあこの年になると、つい、いろいろ考えたりして、ね……いつまでもきゃるん☆系アイドルでいるわけにもいかないし……」

 先輩は18歳ですでに、何か達観したような遠い目つきをしていた。


 ところで、きゃるん☆系アイドルって一体なんなんだ……。


※※※


 つぎは、大樹先輩。

「あー予算か。オレは南米行き飛行機のエコノミークラスチケット数枚でいいや」

「南米、ですか?」

「ああ。ちょっと本場のサッカーでもまれてこようと思ってな」

「あれ、以前プレーしていた野球はいいんですか?」

「まあ、元々色んなスポーツをしたいと思って特定の運動部に入らなかったっていうのはあるしな。というわけで、最近のマイテーマはサッカーなんだよ」

 それから、

「しかし、今年もまた残りの部費の大半は、恒例の部長のブッ飛び企画に使われそうか……。去年は菓子買い占め、おととしはよく知らんが、なんでも学校が謎の休校になるほどの騒ぎになったそうだからな……。しかも休校明け、特に部におとがめはなし。全くもって謎だ」

 

※※※


 私が倉下先輩、大樹先輩から聞いたことを中村部長に伝えると、

「そうですか……じゃあ、温泉地の宿泊券と、南米行きチケットはとりあえず購入することにしましょう。残りのお金は……何か、使うことはありませんか?」

「そうですねえ……特には……」

「そうですか。おそらくこのままだと、9983万円くらい部費が余りそうなんですよね。困ったものです」

 中村部長は、困ったような表情で言った。

 その時、私にある考えが浮かんだ。

「……でしたら、いっそのこと――」

 私は思ったことを中村部長に伝えた。

 すると、

「……それは意外ですね。でも、逆にいいかもしれません」

「ありがとうございます。……ところで、部長が飲んでるのは、今度は何ですか? 何かまた普通の飲み物じゃない気が……」

「ああ、これはスパークリング緑茶といいましてね……口の中ではじける緑茶風味がなんとも……」

「……部長、キワもの大好きなんですねぇ……」


※※※


 PM11:45。部室。

 うっすらと室内明かりがともる中、『名前のつけようが無い部活OB・OG会議』が開かれていた。

 ここでは、現役の中村部長と、OB・OGの面々数十名が座っている。OB・OGの先輩方の中には、有名企業に勤めている先輩、NEET歴20年の先輩、軍人の先輩、街角占い師の先輩まで、実に十人十色。

「それで、今年の部費はどうなったんだね? 去年は駄菓子の買い占め、おととしは一億円分の洗剤を水に溶かして校舎を泡まみれ」

「さらに昔は、戦闘機を購入して古い校舎をぶっこわしたり、とにかくいろんなことやらかしたもんじゃ……」

 OB・OGの先輩方は、ワクワクしながら中村部長の言葉を待った。

 中村部長は、静かに、しかしきっぱりと言った。


「定期預金しました」


 シーン……とあたりが静まり返る。

 そののち、割れんばかりの歓声。

「yeahhhhh!!! まさかそんな地味な方向があるとはね!」

「ワシらはいかに面白く部費を使うかにばかり頭を使っておって、貯めるほうには目をむけておらんかった……目からうろこが落ちた気分じゃ!」


 そして、部室はそのままOB・OG同窓会パーティへと移行した……。

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