第六話 学校でアイドル業を始めるとは、珍妙な学生も居たもんだ 後編
第六話 後編
「ありがとうございました!」
倉下先輩は笑顔で接客する。
アイドルとはいえ、知名度が学校レベルだとCDを売ることは難しいのではないか……と私は思っていたのだが。
案外CDやグッズが売れることに驚いた。
「最初のころは全く売れなくてねー。歌のレッスンに通ったり、まめに色んなクラスに顔を出してたら口コミで噂が広まって、何とかぽつぽつ売れるようになってきたんだよ」
倉下先輩はふとつぶやいた。
倉下先輩の風貌は、元気、や、ポジティブ、ということばをそのまま具体化したような人だ。
人懐っこそうな笑み、そして髪型や体型もスポーティにまとめられている。
でも、そんな人にも影というものがあるのだな……と思った。
と、倉下先輩が時計に目をやった。
「あ、そろそろお昼休み終わるね。撤収の準備しよっか」
「はい。ところで、この『倉下えみ応援隊』というハチマキはどうすればいいでしょうか?」
「それはキミが保管してて。今後もコンサートの警備とかで使うと思うから」
今後も、コレをしめる……! しかも人前で再度……!
私は戦慄した。
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廊下の前で、ガヤガヤとした人だかり。
そういえば、今週は定例試験の結果発表だったっけ……。
私は何気なく廊下の張り紙を見た。
中村部長……500人中7番。
すごいな、と思った。なぜ部長は勉強系部活に入らなかったのだろう?
大輝先輩……500人中498番。
ちょっと別の意味ですごい……。
私……500人中250番。
中途半端にもほどがある。
そして、ここで、ふと目に留まった名前。
倉下えみ……500人中2番。
えっ……。
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「さて、今回はコンサートのチケットづくりだね。私がコピー機で印刷するから、ハサミで切ってね」
コピー機でチケットを印刷する先輩に、私は、
「倉下先輩、今回の試験で学年2番だったんですね」
倉下先輩はチケットを印刷しながら、
「そうだよ。それがどうかした?」
「だったら、今こんなところでアイドル活動とかしてる場合じゃないんじゃないんですか?」
「ああー……まあ、そうかもしれないね」
倉下先輩は曖昧に返事をした。
「まあでも、今興味があるのはアイドル業だしね。ライブをしたり、手作りでグッズを作るのも楽しいし」
「でも、いま勉強に専念すればいろんな学校が確実によりどりみどりで選べるかもしれないのに」
私が食い下がると、倉下先輩は印刷の手を止めた。
そして、私のほうを向き、じっと私の瞳をみつめた。
「勉強ってさ……いろんな学校に合格するためだけにするものなのかな?」
倉下先輩は、いつもと違った落ち着いた口調で続ける。
「そういう考え方も、確かに正しいとは思うんだよ。……でも、自分が生きているうちにやってみたいこと、知ってみたいことを深く調べるために、勉強をするっていうのも……アリなんじゃないのかな。自分の興味のあることについて、新しいことを知ることが出来た……、そういう嬉しい気持ちを見つけるために。……だから、私は、このままでいいんだヨ」
倉下先輩は言ってからおどけてみせた。
けれど私は、今の倉下先輩の言葉を聞いて、かすかに身震いがした。
私は今まで倉下先輩のことを、少し変わった先輩と感じていた。
でも、それは間違っていた。
一見破天荒のようであっても、先輩の中にはしっかりとした芯があって、その上で行動がある。
……私も、そんな、しっかりとした、”芯”のようなものが、ほしい。
そんなことをふっ、と思った。
「私も、先輩みたいになりたいです」
私がぽつりと言うと、
「え、キミも私みたいな学園系アイドルになりたい!?」
倉下先輩は突然目を輝かせた。
「あ、いや、先輩の考え方を主に学びたいな、と……」
倉下先輩は私の肩をがっしりと掴んだ。
「キミの気持ちは分かりすぎるくらいよく分かったよ! それじゃあ、早速衣装合わせに行こうか! そしてゆくゆくは私とアイドルユニットを組んで今の倍稼ごう! 取り分は9:1ね!」
「取り分の偏りが半端じゃないですね! ……いやそういうことじゃなくて、ええぇぇえ!?」
「さあレッツゴー!」
私は引きずられるようにして、まだ印刷しかけのチケットを放置したまま、学校の外に連れ出されてしまった。
その後、倉下先輩にアイドルユニット結成を思いとどまってもらうのに数日を要した。