第九話 鮮血の聖域
視界が、赤く染まっていく
「やめて!」「来ないで!」という叫び声は
肉を裂く鈍い音と
温かい飛沫に変わった
床に広がっていく、生暖かい泥のような液体
悠のお父様もお母様も、最後はとても静かだった
あぁ、本当ならちゃんと挨拶に行きたかった
ごめんなさい、こんな挨拶になって
まぁ”聖域”を汚そうとした罪は、これで洗い流されたはず
私は返り血を拭うこともせず
ベッドの上でガタガタと震えている悠のもとへ戻った
彼女の瞳には、変わり果てた両親の姿と、ナイフを握った私の姿が映っている
「……あ、あかり……な、に、をしたの……?」
「掃除だよ、悠。これで君を縛るものは、この世界に何もなくなった。……嬉しいね」
私は血のついた手で、悠の頬を撫でた
彼女は悲鳴を上げることもできず、ただ涙を溢れさせながら、私の手の中に顔を沈める
血の鉄臭さが、二人の間に立ち込める。悠は恐怖に顔を歪めているはずなのに、その体は磁石のように私に吸い寄せられ、私の服をぎゅっと掴んで離さない。
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた
あぁ、警察か
それは刻一刻と近づき、私たちの静かな部屋を、暴力的な赤い光で照らし始める
「……悠、少しだけ離れ離れになるけど。……待っててね」
私は彼女の唇に、鉄の味がするキスを落とした
その瞬間、ドアが破壊され、複数の足音と怒号が部屋になだれ込んでくる。
「警察だ! 刃物を捨てろ! 伏せろ!」
向けられる銃口とライトの光。 私はゆっくりとナイフを置き、両手を上げた
警察官たちが私を床に組み伏せ、
手に冷たい金属の感触
その時、悠が、今まで聞いたこともないような悲鳴を上げた
「……やだ! あかりを連れて行かないで! 離して!」
彼女は這いつくばり、私を連行しようとする警察官の足にしがみついた
目の前で両親を殺した女
自分を監禁したはずの女
それなのに、悠は血に濡れた床を這って、必死に私を呼び戻そうとしている
「悠さん、落ち着いて! 君は保護されたんだ! もう大丈夫だから!」
「離して! あかりがいないと死んじゃう! あかり!灯を連れてかないで!!」
警察官に引き剥がされながら、悠は泣き叫び、喉を潰さんばかりに私の名前を呼び続けた
彼女の瞳に映っているのは
殺された両親への哀悼でも
自由への喜びでもない
唯一の「依存先」を奪われることへの
底なしの絶望だった




