第八話 破られる静寂
「……悠! 悠、中にいるんでしょ!? お母さんよ! 警察の人も呼んでるから、お願い、ドアを開けて頂戴!」
ドンドン、と不規則に、けれど暴力的に叩かれる玄関の音
遮光カーテンで閉ざされたこの部屋の静寂が、無残に引き裂かれていく
悠の母親だ
必死で、哀れで、そしてひどく自分勝手な、外の世界の象徴
「……ぁ、……っ」
私の膝の上で、真っ白なワンピースを着て横たわっていた悠の体が、弾かれたように震えた
瞳の奥、死んでいたはずの光が、恐怖と―――
そして、微かな「期待」で揺らめく。 まだ、その耳は母親の声を「助け」だと認識している
「うるさいね、悠。……せっかく、二人で静かに過ごしていたのに」
私は悠の耳を両手で塞ぎ、彼女を逃がさないように抱きしめた
私の心臓の鼓動が、彼女の背中に直に伝わるほど強く
「悠! 拓海くんからも聞いたわよ、変な女に付きまとわれてるって! 怖かったわよね、今すぐ助けてあげるから!」
「……おかあ、さん……たすけ――」
悠の唇が、音にならない助けを求めて動く
私はその唇を、自分の指で無理やり押し潰した
「ねえ、悠。聞こえる? 『変な女に付きまとわれてる』だって。……お母様はね、君が私のことを好きで、自分からここにいたいって願ってるなんて、これっぽっちも思ってないんだよ。君のことを、自分の思い通りにならない『可哀想な人形』だと思ってる」
「……あ、かり……?」
「今、このドアが開いたらどうなると思う? 君はまた、あの冷たい家に連れ戻される。毎日毎日、『なんであんな女について行ったの』『恥ずかしい』って責められながら、一生監視されて生きるんだよ。……私なら、そんなの死んだほうがマシだと思うな」
私の言葉が、毒のように悠の耳から入り込み、彼女の「期待」を黒く塗りつぶしていく
ドンドン、という音はさらに激しさを増し、やがてカチャリと、スペアキーが回される絶望の音が響いた
「嫌だ……あかり、嫌だ……」
悠が私の腕の中で、子供のように泣きじゃくりながら、私に縋り付いてきた
母親の声への恐怖が
私への依存を上回った瞬間
ああ
愛おしい
これでいい
君には、私しかいないんだ
「大丈夫だよ、悠。……私が全部、掃除してあげる。君を傷つけるノイズも、君を連れ戻そうとする過去も。全部、私が終わらせてあげるから」
私は悠をベッドに残し、ゆっくりと立ち上がった。 足元には、昨日から隠しておいた、冷たく光る鋭利な鉄
玄関のドアがゆっくりと開く
「悠……!? あんた、悠になにを……」
絶叫する母親の顔
その背後に見える、怯えた父親の影
私は最高に幸せな気分で、彼らを手招きした
私たちの「聖域」を汚した罪を、その血で購わせるために
「お父様、お母様。……悠なら、もう私のものです」
私は笑って、一歩、踏み出した




