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独占の檻  作者: 猫巻団子
7/10

第七話 無垢な操り人形

朝が来るたび、私は悠の体を確認する

腕の痣はまだ、痛々しいほど鮮やかな青紫

私が踏み抜いたあの夜の記憶を、その色が雄弁に語っている

私はそれを、なぞるように指先で愛でた


「……いた、い……」


掠れた声

悠はシーツの海に沈んだまま、ぼんやりと私を見上げている

かつて彼女の瞳にあった、燃えるような拒絶や憎しみは、今や霧の向こうへ消え去ってしまったみたい


「痛いよね、ごめんね。でも、こうしないと悠はどこかへ行っちゃうから」


私は救急箱から軟膏を取り出し、彼女の肌に優しく塗り広げる

冷たい薬の感触に、悠の体がびくんと跳ねる

その小さな反応さえも、今の私にとっては愛おしい対話だった


「ねえ、悠。お腹空いたでしょう? 今日は悠が好きな、苺のジャムをたっぷり塗ったトーストを作ったよ。……あーん、して?」


トーストを差し出しても、彼女は自分から口を開けようとはしない

私が彼女の顎を指先でクイと持ち上げると、ようやく、諦めたように小さな唇が割れる

咀嚼する力さえ忘れてしまったかのように、ゆっくりと、ただ”嚥下”という作業だけを繰り返す彼女


「美味しい? ……ふふ、いい子」


私は彼女の口端についたジャムを親指で拭い、自分の舌で舐めとった

悠はそれを、まるで遠くの出来事のように見つめている

外の世界では、きっと今頃彼女の親が泣き叫び、警察が動き回っているはずだ

でも、この遮光カーテンの向こう側は、もう異界


「……あ、かり……。きょうは、なにするの?」


「何もしなくていいんだよ。ただ、私を見て、私に愛されていればいいの」


私は彼女の返事を待たず、クローゼットから一着の白いワンピースを取り出した

もう悠は、自分で服を着ようともしない

私は彼女を抱き上げるようにしてベッドに座らせ、パジャマのボタンを一つずつ外していく


「ほら、腕通して。……そう、いい子」


かつての彼女なら、顔を赤らめて拒んだかもしれない

でも今の彼女は

私が肌に触れても

下着を脱がせても、鏡のように無機質な瞳で私を見つめるだけ

されるがままに腕を上げ

されるがままに足を預ける

その様子は、まるでお気に入りのビスクドールを飾る準備をしているみたいで、胸が熱くなる


「悠、このワンピース本当に似合うよ。……あ、でも、ここだけ少し寂しいかな」


私は彼女の首筋に指先を這わせ、昨日よりも少しだけ深く、新しい”痕”を付け足した

悠はもう、逃げようとはしない。 私が彼女を”完成”させていく過程を、ただ絶望したように見つめているだけ



「……そと、……すこしだけ、……みたい……」



ふと、悠が子供のような無垢な声で呟いた

私は一瞬だけ動きを止め、それから彼女を壊さないように、けれど逃げ場がないほどに強く抱きしめた


「外には何もないよ、悠。あの子も、拓海くんも、みんな悠のこと『いなくなればいいのに』って言ってた。……あんなに冷たくて怖い場所、もう行きたくないでしょう?」


「……ほんと、なの?……」


悠が、私の胸に顔を埋めて、震える手で私の背中を掴んだ


洗脳でも、嘘でもいい


彼女の世界に私しかいなくなれば、それが彼女にとっての唯一の真実になる


「そうだよ。私は、悠を絶対に傷つけない。……ねえ、悠。私だけが、あなたの味方だよ」


私は彼女を抱きしめたまま、背中の開いた白いワンピースの紐をきつく結び上げた

それは、自由を奪われた小鳥に与える、一番美しい檻の正装



悠はもう、鏡の中の自分を見ようともしなかった

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