第三話 光の射さない出口
灯が「悠の好きなチーズケーキ、買ってくるね」と言って外出してから、三十分
静まり返った部屋で、悠はただ一人、ベッドの上で呆然と時計の針を見つめていた
(……逃げなきゃ。今なら……)
そう思うのに、震える足は床に触れることさえ拒んでいる
鎖骨に刻まれた痕が、まるで灯の指先がそこにあるかのように疼く
その時、不意に、静寂を切り裂くようにインターホンが鳴った
『悠! 中にいるんだろ!? 悠!』
ドアの向こうから聞こえてきたのは
親友の拓海の声だった
「たく……み……?」
灯は「みんな君のことなんて忘れた」と言っていた
でも、拓海は来ている
自分を呼んでいる
悠の瞳に、消えかかっていた光が微かに灯った
必死にベッドから転げ落ち、這いつくばるようにして玄関へと向かう
「拓海、ここ……助け、て……」
掠れた声で叫びながら、震える指先がドアノブに掛かった、その時
カチャリ
外側から、拓海ではない、別の誰かが鍵を開ける音が響いた
ゆっくりと開くドア
逆光の中に立っていたのは
買い物袋を提げた灯だった
「……あ、悠。お出迎え? 嬉しい」
灯は、ドアのすぐ外で呆然と立ち尽くす拓海には一瞥もくれず
「灯……? お前、なんで悠の家に……いや、悠! 大丈夫か!?」
拓海が部屋に踏み込もうとした瞬間、灯は優しく
けれど鉄の壁のような拒絶を持って、悠の肩を抱き寄せた
「ごめんね、拓海くん。悠、さっき言った通り少し情緒不安定で……。今は、私以外の人とは会いたくないって。ねえ、悠?」
灯の指先が、悠の鎖骨の「痕」を、服の上から強く、抉るように押さえつけた
「……あ、……っ…………」
悠の口から漏れたのは、助けを求める言葉ではなかった
恐怖と、刻まれた痛みが呼び起こす絶従の吐息
拓海の必死な顔が、急に遠い世界の出来事のように感じられる
「ほら、帰ってあげて。悠を、これ以上困らせないで」
灯が微笑みながらドアを閉める
拓海の叫びが完全に遮断され、部屋には再び、二人きりの甘い静寂が戻ってきた
「……悠、悪い子だね。あんなに言ったのに、まだノイズに期待してたの?」
灯の冷たい唇が、悠の額に落とされる
その瞬間、悠の中の何かが、音を立てて崩れ去った




