第十話 愛の末路
鉄格子の向こう側から戻ってきた私を迎えたのは、かつての面影をなぞりながらも、どこか決定的に作り替えられた「聖域」だった
鍵を開けて中に入ると、空気は冷たく、それでいて誰かの体温が煮詰められたような濃密な匂いがした
窓はすべて、内側から板で打ち付けられている
光の一筋さえ許さない、完璧な闇
「……おかえり、灯」
暗闇の奥から、鈴の音のように透き通った声がした。 ソファに座っていた悠が、ゆっくりと立ち上がる
数年ぶりの彼女は、病的なまでに白く
そして――
驚くほど、美しかった
「悠、……その足、どうしたの?」
彼女の足首には、重い鉄の鎖が繋がれていた
その先は、部屋の太い柱に固定されている
「これ? ……灯がいなかった間、外に出たくなっちゃわないように、自分で付けたの。灯以外のものを見ちゃうのが、怖かったから」
悠は、鎖をチャリ、と鳴らしながら私に歩み寄った
その瞳には、かつての恐怖なんて微塵もない
ただ、私という存在を飲み込もうとする、底なしの渇愛だけが渦巻いている
「ねえ、あかり。あかりが私を壊して、家族もいなくなって……私の世界には、この暗闇と、あかりが残してくれた『痛み』しか残らなかった」
彼女の手が、私の頬を滑り、そのまま喉元を強く締め上げる
苦しいはずなのに、その熱が、たまらなく心地よかった
「あかりが私にしてくれたこと、全部、体がおぼえてる。……だから今度は、私があかりを『愛して』あげるね」
悠は私の服を剥ぎ、私を冷たい床に押し倒した
かつて私が彼女を縛った、あの赤い紐
彼女はそれを口に咥え、私の手首を、鬱血するほどの強さで縛り上げる
「痛い? ごめんね、あかり。でも、こうしないと。あかり、また警察に連れて行かれちゃうかもしれないから。……ここにいれば、もう誰にも見つからないよ」
彼女の舌が、私の鎖骨にある、かつて私が付けた痕の名残をなぞる
そして、その上から、自分の歯を立てて、肉を裂くほどの勢いで新しい印を刻みつけた。 溢れた血が、白いワンピースを汚していく
「あ……っ、……悠、……」
「私の名前、もっと呼んで。……ねえ、あかり。この部屋には、もう私とあなたを繋ぐもの以外、何もいらないの」
悠は、私の耳元で、毒のように甘く囁いた
その手には、どこから持ってきたのか、大きな棒状の何かが
「あかりの瞳に、私以外の世界が映らないように……。ずっと、この暗闇の中で私だけを感じていられるようにしてあげる」
彼女の指が、私の瞼にそっと触れる
その瞬間、私は理解した。 私は彼女を飼い慣らしたつもりで、実は、自分を喰い殺す怪物を育てていたんだ
「……幸せだね、灯」
「うん、幸せだよ。……悠」
ぷつり、と
世界から最後の光が消える
それでも私は、笑っていた
究極の静寂の中で、二人の呼吸だけが、永遠に重なり続けていた




