405『鶴岡山の激突・八 左近とカケル(左近のターン)』
鶴岡山の南・吉良見の逃口を守る長谷川秀一の陣から霧に紛れて、小隊が動き出す影を見定めた島左近は、手勢三十を率いて、鶴岡山の麓へ影を追った。
(あの機動の速さ、まるで山県殿のようだ……。しかし、織田の者で、そのような芸当が出来るのは、羽柴秀吉か、明知光秀ぐらいなものだが、織田の次世代にはそんな人材がいたのか……)
左近は、霧の中を走りながら、まだ見ぬ敵に想像を及ぼした。
その頃、鶴岡山の麓で、兵を整えたカケルたちは、鶴岡山の猛虎・下条智猛の張り巡らした罠に注意を払いながら、砦を目指して登り始めた。
藪を掻き分け進むのも、まずは、手槍で茂みを払って、竹矢が飛んでこないか探り、道無き道を踏み固めながら進むので、足が遅い。
先頭の大膳が、茂みを掻き分けながら、不満を垂れる。
「おい、左近、こんな道を切り開かなくても、獣道でも進めばよいではないか」
すかさず、お虎が口を差し込む。
「これだから、馬鹿は手がかかる。先ほど、大膳。お前は死にかけたであろう。獣道なぞ、必ず罠が仕掛けられているに決まっている。死にに行きたいなら一人で行け!」
お虎は、今回の敵は父である山県昌景と兄・昌満だということもある。いつもより感情的で大膳に厳しく当たる。
「なにを、お虎!」
「大膳さん!」
大膳は、お虎に当たられて不満げだが、カケルが肩に手を置いて首を振ったので堪えた。
「すまん、左近。お虎は親父さんのことでまともでなかったな」
大膳が、気を取り戻して、再び茂みを手槍で掻き分けだす。
カサカサ!
茂みの向うで、何かが草を掻き分ける音が聞こえた。
霧の間で何かが煌めいた。
カケルは、低く忍んだ声で言った。
「みんな、一旦、身を伏せるんだ」
シュッ!
シュッ!
シュトン!
四方から、矢が乱れ飛んできて、カケルたち襲った。
「ウッ!」
足軽の足に矢が刺ささり、呻き声を上げた。
カケルは、すぐに身を伏せながら近づいた。
「誰か、口を押さえて!」
カケルの命令に、側にいた足軽が、矢を受け呻く男の口を押さえた。
「ごめんよ!」
カケルは、力任せに矢を引き抜いた。
「うぬっつつ!」
男は、身体を捻じってのたうち回ろうとするのを、カケルがその大きな体で圧し掛かり、抑え込んだ。
「すぐに、誰か手当をして!」
仲間の足軽が答えた。
「こいつの傷口をスグ火で焼かねぇと、膿がでて足っ子を切り落とすはめになりますぜ」
カケルは、瞬間的に答えた。
「わかった。俺たちは、先に進むから、二人はここに残って、落ち着いたら来た道を戻って、長谷川さんの陣へ戻って傷口を焼いて」
「左近様、そんなことでよろしいので?」
カケルは頷いた。
「俺は、できることなら1人も死なせたくない。命令に従ってください」
「ありがとうございます左近様」
カケルは、頷くと、先頭の大膳の元へ行き耳打ちした。
「左近、お前、正気か!」
カケルの言葉を聞いた大膳は、目を見開いて聞き返した。
「うん。俺たちがまとまって動くと敵の的になりやすい。だから、俺と、大膳さん、お虎さんでそれぞれ、兵を分けバラバラに砦を目指す」
「確かに、そうすれば、敵の注意も逸れ、こちらの動きを悟られにくくなるが、見つかれば袋のネズミだぞ」
お虎が口を挟む。
「大膳の言う通りだ。見つかれば、その隊は袋のネズミになる。……左近、もしかして、何かお前には見えるのか?」
カケルは、大きく頷いた。
「これは、俺の勘だけど、山県のオジサンだったら、鶴岡山の砦に籠って防衛戦なんてしないんじゃないかなって。逆に、山岡と吉良見に兵を置いてたってことは、ここは手薄になってると思うんだ」
お虎は大膳と目を見合わせた。
大膳は、眉を寄せたが、お虎が覚悟を決めたようにカケルに言った。
「わかった左近。これまでも、私たちはお前の勘に頼ってきた。一種の賭けだが、お前に従おう」
と、お虎は大膳と頷きあった。
カケルが、小声で、
「大膳さんとお虎さんは、十人を率いてください。俺は、残りの八人で行く!」
これには、大膳が納得しない。
「馬鹿を申せ、左近! お前は、ワシらの大将だ。その大将が一番少ない兵を率いてどうする」
お虎もつづく。
「そうだ、左近。先ほど負傷した兵を長谷川の陣へ戻るよう命じたそうだが、あ奴らでも連れてゆく方がよいのではないか」
カケルは、大膳とお虎の眼をしっかり見て言った。
「俺は、大膳さんも、お虎さんもそうだけど、名も無い足軽さんもできることなら一人も死なせたくないんだ」
大膳が、呆れたように言う。
「それは、ムリだぞ左近。ワシやお前、お虎の三人の武勇ならなんとかなるかもわからぬが、足軽たちはついこの間まで田圃に足をつけてた人間じゃぞ。無茶を申すな」
お虎が、大膳の頭を殴りつけた。
「この馬鹿者!」
「いきなり、何をする!」
カケルの目が輝いた。
「それだよ。それでいいんだよ。大膳さんナイスアイディア!」
「左近、ナイスアイディアとはなんだ?」
大膳が、鳩が豆鉄砲食らったような目で見帰す。
隣のお虎は頭を抱え、大きなため息をついた。
「大膳、お前は馬鹿だが、この嶋左近という漢が大馬鹿者だと言うことを忘れるな!」
「何を言っておるのだ。お虎」
お虎は、呆れて、顎でカケルを示した。
「大膳さん、お虎さん、足軽さんたちはみんな帰して、鶴岡山は俺たちだけで落とそう!」
お虎は、大膳に「ほれ、見たことか」と言う顔をして、大膳は、自分の言ったことの重大さに驚いた。
カケルは、そう言って一瞬あって、顎に手を当てた。
「これも勘だけど、足軽さんたち。長谷川の陣へ帰る道だけど、用心しながら別の道、むしろ、山岡に向かって降りてって」
大膳が、尋ねる。
「なぜだ、左近?」
「あくまで勘だけど、山県のオジサンが鶴岡山に居ないとして、誰が池田恒興さんや、河尻秀隆さんを撃退したか、ちょっと疑問なんだ」
大膳が、当たり前のように反論する。
「決まって居るだろう。お虎の兄上と、秋山虎繁殿の采配だろう」
お虎も首を捻る。
「うん、確かに兄上と、小勢の秋山殿だけの働きだけで、五倍の兵を撃退したとは考えにくい。確かに、誰かおるな」
「そう、俺の勘だと、1人は鶴岡山に居る下条智猛さんとして、後の二人が謎なんだ」
お虎も首を捻る。
「武田には、四天王ならば、父上と同じ働きをできそうだが、上杉、北条の備えについておるから、ここへは来ておらんだろうな」
カケルは、目を見開いた。
「真田幸村!」
お虎は、首を捻った。
「確かに、真田の者ならば、この度の鬼道の動き有りうるかも知れぬが、幸村なる者の名は聞いたことがない。真田の親父・幸隆は先年亡くなり、今は嫡男の信綱が後を継いでおる。次男の昌輝は分家しておるが、おそらく、勝頼の本陣を固めておろう。他に……」
カケルは、目を見開いた。
「表裏比怯の者、真田昌幸さんがいる!」
お虎は、眉をしかめた。
「真田昌幸? 聞いたことない名だな。真田の兄弟は後二人いたと思うが、それほどの手柄はあげておらんぞ」
「う~ん、じゃあ、誰だろう?」
夜の霧を突いて鷺が走った。
吹きおろしの山風が霧を払うと、山岡の逃口の出口では、山県昌満の傍らに、武藤喜兵衛(後の真田昌幸)が、陣幕に炎があがる明智光秀の陣を睨み、同じくして、吉良見から、カケルたちを追って、島左近が麓へたどり着いた。
つづく




