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400『カケル、一鉄、光秀 (カケルのターン)』

 織田木瓜おだもっこうが、鶴岡山を睨むようにはためく八王子神社に、信長から“明智光秀の首を獲れ!”との密命を帯びたカケル(嶋左近の肉体)たちが着陣した。


 カケル、長谷川秀一、稲葉一鉄の三大将は、織田家の次期当主信忠の陣幕を開けた。


「若殿、ただいま、大殿からの命により、長谷川秀一、稲葉一鉄、嶋左近到着いたしました」

 秀一の報告を受けた信忠は、一瞬、目尻をピリつかせたが、特別、怒気を表すでもなく、冷静に受け入れた。

(父上のことだ、ワシにはわからぬ、別の思惑があるのだろう……)


 信忠は、心中の呟きは、おいて置いて、話を鶴岡山に転じた。


「我らは、圧倒的に数に勝るが、武田の“赤備え”は手強い。あべこべにこちらが圧されておるわ」


 信忠は、劣勢を隠し立てもせず、正直に戦局を話して聞かせた。


 秀一は、信忠の誠実さに将来の織田家の未来に明るさを見出し、一鉄は黙って視線を下げた。カケルはと言うと、

(若殿って、俺と同じくらいの年齢としなのにずいぶんしっかりしてる。これが、戦国時代か)

 と、心中で現代で言うところの高校三年生でしかない信忠が身に着けた威厳とリーダーシップと覚悟に驚きを隠せない。


 秀一は、信忠に尋ねた。


「明智殿が見えませぬが?」


「光秀は、何やら思惑があるらしく、山岡の出口に布陣した。あいつは陰気で側に居ると不気味じゃから好きにさせた」


「光秀め、あいつ……」


 一鉄が、光秀の腹の中を読んだのか、眉を曇らせた。


 それを見た信忠が、


「一鉄、光秀に何か思うところがあるのか?」


 一鉄は、アゴを撫でながら、口元を歪ませた。


「明智は、どさくさに紛れて池田殿を……」


 一鉄の言葉に、信忠が目を見開いた。


「まさか、光秀でも、父上の乳兄弟の恒興を手にかけることはあるまい!」


 秀一が、スッと、信忠の耳元に近づいて囁いた。


「お主たちは、父上が派遣したただの援軍ではのうて、……それが、真の狙いか!」


 そう言って、信忠は腕を組み、光秀の才と危うさを天秤にかけた。

(光秀、あいつは確かに危険だ。だが、天下静謐のその時までは、あ奴の毒は他に代えがたい、どうしたものか……)


 カケルが、沈黙を破るように、手を叩いた。


「そうだ! 光秀さんの遊軍が間違いを犯さないように、俺たち、いや、一鉄さんの軍をその背後に置くって言うのはどうかな?」


「それだ!」


 秀一がカケルの閃きに唸った。


 信忠も大きく頷いている。


 一鉄は、目を見開き静かな闘志を燃やしている。


 しかし、秀一が首を傾げた。


「では、左近と私はどうする?」


 カケルは、一瞬、宙に目を走らせて、考えた。


「そこまでは、考えてませんでした」


 正直だ。


 カケルの答えに、信忠が微笑みを浮かべて、軍配を秀一とカケルに向けた。


「そなたたちは、南の吉良見の出口に布陣せよ!」


 秀一が、信忠の真意を測りかねて疑問を呈す。


「聞くところによれば、吉良見には河尻秀隆・秀長親子が積めているのでは? いくら相手が“武田の猛牛”と異名をとる秋山虎繁とは言えそこまで心配する必要はないのではないですか」


 一鉄が呟く。


「秀隆は、一己の武勇には確かに優れておるが、兵を動かすのはまた別だ」


 信忠が、広げた鶴岡山攻略の絵図面に、山岡・明知光秀の背後に、一鉄を。吉良見の出口に、秀一とカケルの駒を置いた。


「これで、よし! 光秀の勝手も防げて、秀隆にもしものことがあらば、押さえも利く、この布陣で参る」



 山岡の里の出口に布陣する光秀の元へ、信忠の本陣から、伝令が走り込んだ。


「明智殿、若殿よりの伝令です。明智の陣を二段構えにするとのこと」


 光秀は、眉を揺らした。


「ワシの陣、後ろに誰を置く?」


「稲葉一鉄殿にございます」


「一鉄!」


 光秀の表情が曇った。


 側に控えた側近の斎藤利三が、光秀の言葉を上書きする。


「それは、真か?」


 伝令は、頭を下げて、改めて伝える。


「は! 若殿は、確かに稲葉一鉄様と申しました」


「ううん、殿、これは困りましたな」


 利三が唸る。


 光秀は、山岡の出口に体を向けつつ、目を背中へ向けた。


「一番、取られたくない者に背後を取られた。しかも、味方として」


「殿、これでは、企みも……」


「そうだな、恒興を生きて返さねばならなくなった」



 信忠は、すぐさま信長からの援軍を二つに分けた。山岡には稲葉一鉄を千の兵をつけ、吉良見には長谷川秀一とカケルに同じく千の兵をつけ布陣した。



  その頃、鶴岡山を守る下条智猛と嫡男・智林は、新たな織田家の動きをつぶさに見定めて額の汗を拭った。


「ほう、信忠め、後詰を打って来たか」


「父上、しかし、何かおかしゅうございます」


「何が気になる?」


 智林は、山岡の明智の陣を指さし、


「あの水桔梗みずききょうの家紋は、おそらく明智光秀、しかし、その背後の家紋は折敷おりしき角三文字かくさんもじ。あれは稲葉一鉄殿かと?」


「それが、何かあるのか?」


 智猛が、理由を尋ねる。


「いえ、私の師、宗林が稲葉殿の館に世話になっていたことがあり、確か、稲葉殿と明智は不仲とか、小耳に挟んだような気がします」


「ほう、それは良いことを聞いた。よし、山岡の武藤喜兵衛(後の真田昌幸)殿へそのことを伝えよ。何か、策を思いつくかも知れぬ」


 と、智猛は不敵な微笑を浮かべた。 


 智林は、南の吉良見に向かって動くもう一つの軍団に目を凝らした。


「三つ藤巴と三つ葉柏、あまり美濃では見かけない家紋ですね」


「そうだな、此度も、織田の若殿が、多くの二代目を連れて攻め込んでおるように、あ奴らもどこぞの新手かも知れぬな。実力が分らぬから油断は出来ぬ。よし、南の島左近殿(肉体はカケル)にも伝令を走らせよ」


 織田と武田、鶴岡山の激闘は一層熱を帯びた。


 織田家につくカケル(肉体は嶋左近)と、武田家につく島左近(肉体はカケル)。二人の嶋(島)左近が遂にこの戦場で交差する。


 つづく


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