398『あちらとこちら、若尾元昌(カケルのターン)』
この作品は【お試し版】です。長期連載してきた『嶋左近とカケルの心身転生シンギュラリティ!』の最新エピソードを1週間だけ掲載するものです。つづきはカクヨムに第387話『勝頼と昌景(左近のターン)』(https://kakuyomu.jp/works/16817330651641805242/episodes/16818792436518995233)に公開していますが、順次非公開にしていきます。
月明りの夜空をピューと、夜鷹が飛んだ。
多治見の里にある山城・根本城の麓、若尾元昌の館に、鶴岡山を攻める信忠の援軍としてカケルたちは入った。
広間に、案内されたカケルと、信長の側近・長谷川秀一と親衛隊の稲葉一鉄は、この館の柱が真新しいのに眉を躍らせた。
「うわ~、この若尾さんの館、木の臭いがする 」
「そうだ、若尾殿の領国は、いつも焼かれるからな」
「焼かれる?」
カケルと秀一の会話に、一鉄が呟く。
「国境だ」
武田信玄の頃、山県昌景と秋山虎繁が、東美濃の入り口、岩村城を攻め落とした。
山道を抜け、恵那の里、明知の里。鶴岡山を挟んで北に山岡の里、南に吉良見の里と織田家と縁戚を結ぶ遠山家が要衝を固めてはいるが、織田家の本拠地・岐阜城への入り口・ここ多治見までは、虎繁の間者が頻繁に放たれ、隙あらば襲い、隙あらば奪い、はたまた弱みを握れば元昌を籠絡にかかっている。
そのため、若尾館は、時には焼かれもし、柱も若いのだ。
「おお、長谷川様、稲葉様、……そちらは?」
鬢に白髪の混じった若尾元昌が出迎え見慣れないカケルに注意を払った。
「俺は、大和国筒井家家臣・嶋左近です」
「大和、筒井……」
元昌は、疑問を浮かべ渋い顔だ。
すかさず、秀一が言葉を足す。
「左近殿は、あの石山本願寺が籠る城を一つ落としたのよ。その手柄を報告に大殿の元へ参ったついでに、鶴岡山も我らと共に落とせと、大殿直々の命令よ」
「ほう、……そうですか」
元昌、疑問である。
元昌は、武田の縁者である。今でこそ織田家についているが、勝頼が遠山氏を攻略すれば、身の振り方をどうするか腹の中はわからない。織田の盾となるか、武田の矛となるか、身の振り方が定まらない怪しい男だ。
(さては、信長め、俺を疑ってこいつらを差し向けたな、用心せねば……)
元昌の心中は、疑心暗鬼に覆われた。
しばらくすると、元昌の手配で、カケルたちに膳が運ばれてきた。
「晩飯は、土岐川で獲れた川魚に致しましたぞ」
「おっ、魚の香ばしい香りだ。いただきま~す」
「少し待て!」
カケルが、箸をとり魚の身に箸を伸ばすと、秀一が止め、一鉄も厳しい視線を送った。 どうやら二人は、武田に連なる元昌が、毒でも仕込んだのではないかと疑っているのだ。
秀一は、目の前の膳をくるりと元昌に向け、突き出した。
「元昌殿、一応な」
疑われた元昌は、顔は笑ってはいるものの心の中では、笑えない。
(こいつら、やっぱり、俺を疑ってやがる)
「毒など、盛るなんて滅相な、某は心から織田家へ忠誠を誓って居り申す」
と、言葉にしつつも腹の中で何を考えているかはわからないが、秀一の魚を一口食って見せた。
「これも、頼む」
一鉄も、元昌への疑いの眼差しを緩めず、元昌の箸の上げ下げ、表情の揺らぎの一部始終を見逃さない。
「お安い御用にござる」
これまた、元昌は、摘む。
つづいて、元昌がカケルの魚に箸を伸ばすと、
「これは、旨い。もしかして、鮎ですか? 塩気がちょうどいい」
「おい、左近!」
秀一が慌ててカケルを窘める。
カケルは、躊躇することなく、秀一の毒味が終わると食らっていた。
それを見た一鉄は、クスリと笑って自分も魚へ箸を伸ばした。
(なんだ、この嶋左近とか申す男は、馬鹿か……)
元昌は、腹の中でカケルの不用心さを笑った。
膳が片付けられ、広間には、八王子神社に陣取る信忠から寄せられた、鶴岡山の戦況を伝える絵図面が広げられた。
鶴岡山を挟んで、北に山岡、池田恒興と山県昌景。南に吉良見に、河尻秀隆と秋山虎繁。正面に織田信忠と明智光秀。
「明智殿によれば、直に落とせるとのことにございます。援軍は空振りに終わりましょうな」
と、光秀と何らかの繋がりのある元昌がカラカラと笑う。
「へ~、そうなんですか、秀一さん、一鉄さん、俺たち岐阜城へ帰りますか」
と、カケルが簡単に信じて二人に問いかけると、秀一は顎に手をやり、一鉄は、扇子で、鶴岡山を叩いた。
「ここに誰がおる?」
元昌は、めんどくさそうに答えた。
「下条智猛とか申す田舎武士にございます」
「あの、芥子武者か……」
一鉄は、どうやら智猛の噂をどこかで聞いて難しい顔をした。
一鉄の様子に、秀一が尋ねた。
「下条智猛なる者は、それほど手強いので?」
一鉄は、重い口を開いた。
「鶴岡山は、斎藤の大殿(斎藤道三のこと)の時代から、誰も落とせた者がおらん」
「美濃の蝮、ですら攻めあぐねた要衝ですか?」
一鉄は、無言で頷いた。
「だけじゃないでしょう? たぶん」
カケルは、直感のようなもので考え込む秀一と一鉄に言った。
「左近、お主は、鶴岡山には智猛以外にも誰かいると申すのか?」
秀一が尋ねる。
「勘ですけど、ココとココ、危ないっすよ」
と、カケルは、山岡の入り口と、吉良見の入り口を指さした。
「駒があれば、ワシも」
一鉄は、頷いた。
「まさか、山県昌景は、陣中に居らぬのですぞ。まさか、そんな鬼道の駒は……」
秀一が、一鉄の言葉を打ち消しにかかる。
一鉄が、思い出したように、
「名を、何と申したかの……、うむ、そうだ。渡辺勘兵衛! あやついつの間にか姿を消したが、もし山県の陣にあ奴が居れば、そのまさかが起こるやもしれん」
「わっはっは~」
元昌が、いきなり大笑いした。
「長谷川殿、稲葉殿、心配には及びますまい。左近殿のように気楽に居ればいいのです。若殿の側には、あの光秀殿が居られるのですから」
「……光秀か」
秀一も、一鉄も、カケルも、信長から密命を帯びて、この元昌が信頼する光秀の首を狙っているのだ。
元昌は、朗らかに笑って言った。
「この先は、河尻殿と池田殿の城、鶴岡山まではスグに、ござれば今宵は、ココに宿をとられて、明日またご出立くだされ」
と、笑いながら、
(織田でも、武田でも、どちらでも良いわ。ワシは強い方に味方する。武田が勝てば、お前らの首はワシがいただく)
広間を照らす蝋燭の灯りが、元昌の顔に影を作った。
時を同じく、八王子神社、信忠の陣では、信忠が軍配を握る手が強く、強く握りしめている。
隣に、侍る光秀の目が冷酷に、その手を刺した――。
つづく




