第4章:捜索は夜ふけまで
標準時 22:41|航行2日目・シャトル〈デネブ・ヴィジョンⅢ〉船内・ラウンジエリア
――
「うーん……そりゃあ、エルミナさんみたいには閃かないよねぇ……」
ネリア・フレイズは、ラウンジの片隅でパンタと並んで腰を下ろしていた。天井を見上げ、束ねた毛先を指で弄っている。
ぬいぐるみが消えたのは昼のこと。ネリアはそれ以来、食事中の様子や廊下の状況をスタッフに確認し、「ぬいぐるみを持ち去れるのは誰か?」という点を改めて整理していた。
答えは、明快だった。
──あの時間帯、廊下の外にはスタッフが常駐しており、客以外の出入りはなかった。
つまり、容疑者はレストランに居た四組の客だけ。そして誰かがぬいぐるみを持って出たところは、スタッフの目にも映っていない。
「こういう時は、改めて整理しましょう!」
パンタが跳ねながら言う。
「まず一組目。資料端末と紙袋を持った、仕事中らしき男性。なんだか怪しい雰囲気」
「うん、最初に退席したし、いかにも“何か抱えてた”って感じだった……」
「二組目は、気品のあるストールの女性。ネリアさんに対してはわりと協力的でしたが……」
「うん、一人旅って言ってたけど、ちょっと引っかかるかも……?」
「三組目、落ち着いた夫婦。態度は穏やかで、特に不審な点はなし」
「ただの仲良し旅行客って感じ。でも、そういう人が実は……っていうのもあるんだよね……」
「そして四組目が、オスキット議員と秘書さんです!」
ネリアは小さく苦笑しながら、手元のメモを見つめた。
「思ったより、話を聞くのって難しいね。特にあの男性、資料の人。話しかけた瞬間からもう迷惑そうで……」
──
「え、ぬいぐるみ?……いや、見てないよ」
男は資料端末から顔を上げずに答えた。
「そんなん、また買ってやりゃいいだろ……はあ、俺、今仕事中なの分かる? あの店のレビュー、アルタイル着くまでに仕上げなきゃなんないんだよ」
どうやら飲食店のルポライターらしく、苛立ちを隠すそぶりもなかった。荷物の多さも気になったが、これ以上は踏み込めないと判断して引き下がる。
──
「老夫婦は……まあ、ないかなあ。ぬいぐるみを隠せるような物も持ってなかったし」
「ネリアさんのこと、娘さんと同じ歳くらいだって言ってましたよね?」
「うん、すっかり向こうのペースで話し込まれちゃった……あれで犯人だったら、逆に脱帽だよ」
──
「で、議員。……ほんとに困ったなあ……」
ネリアは眉をしかめて思い出す。
──
「オスキット議員、失礼します。私、以前に故エスク議員の秘書をしていまして──」
「ああ、それは……お気の毒に。で、用件は?」
ネリアの言葉に、議員は興味を失ったように手を振る。
「まあ、過激な人だったけど、死んじまえばみんな英雄さ……ん? ぬいぐるみ? いや、気づかなかったな」
秘書の女性も同様に取り合ってくれなかった。特に失礼ではなかったが、興味はなさそうだった。
──
「で、最後はこの人」
ネリアは首を傾げ、ストールの女性の欄に目を落とす。
(……なんか、気になるんだよな……)
──
「ああ、あの子。お行儀よかったわね」
女性は落ち着いた笑みで応じた。会話にも慣れており、自然体だった。
「ぬいぐるみには、気づかなかったわね。
……私も2等席だったから、あなたみたいな人の紹介がなければ、あのお店にはなかなか行けなかったと思うの。だから、早めに予約して、楽しみにしてたのよ。
食事中はずっと、お料理に集中してたから……」
──
ネリアはその時、特に何も感じなかった。ただ「なるほど」と頷いただけだった。
(なにか……ひっかかる。ほとんど勘だけど……)
だが、考えれば考えるほど、全員が怪しく見えてくる。推理の迷宮に足を取られ、気づけば時刻は深夜に差しかかっていた。
「こういう時、エルミナさんなら……って考えちゃうなあ」
「ネリアさんなら大丈夫です! そのためにも睡眠は重要ですよ。睡眠中には記憶の統合と──」
「わかったってば。もう寝るよ……でも、もうちょっとだけ、考えさせて。明日のお昼にはエルミナさんと通信できるし、考えをまとめなきゃ」
ネリアは、小さなランプの灯るラウンジで、ソファから重い腰を上げた。
小さなぬいぐるみの行方は、まだ闇の中にある。だが、たとえ輪郭が見えなくとも、泥の中を手探りでも、諦めるつもりはない。
──それが、ネリアの捜査だった。
⸻




