第2章:時間を遡る船
標準時 1:00 |辺境宙域・カンマニエ港〈ノウティルス級超光速輸送船レトロヴァーサ〉到着ベイ
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港湾惑星カンマニエ──人類生活圏の辺境に位置するこの星は、まさに星間開発の前哨基地であった。
この先、居住可能宙域は極端に減り、開拓者たちはこの港から宇宙の広野へ旅立つのが常であった。
3光年先の開拓惑星ダラッタイアから輸送船〈レトロヴァーサ〉が帰還した時、港は騒然としていた。
その中心には、金色の長く美しい髪をした少女が横たわっていた。その横顔はまるで眠っているように穏やかに、そして──満足そうな笑みを湛えていた。
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標準時 1:20
再出力から10分間足らず。エルミナ・キャスラインは検疫エリアの前に立っていた。
人工皮膜の再生処理はまだ完全ではないが、表情にはそれを微塵も感じさせない。
目の前にあるのは、自分自身の遺体。
胸までかかる美しい髪を耳にかけながら、その顔を覗き込む。
「……おかえり、って言うべきかしら」
彼女は軽く息を吐くと、自分と瓜二つの遺体の横にしゃがみ込み、検死官から簡単な報告を受け取った。
「死因は刺し傷です。胸に一カ所──これが致命傷です。
ただ……死亡時刻は、“推定不能”としか言えません」
「そうでしょうね。航行中に殺されたなら、“時間”が折れているもの」
この〈レトロヴァーサ〉は、超光速航行において極限の性能を持つ輸送用の巡航船だった。
この船は超光速航行により、相対的には過去へと向かう。
すなわち、“まだ出発していない時間”に、航路を往復したエルミナの死体だけが届いたのだ。
エルミナは、傷口の周辺に目を凝らす。
「……この角度、深さ、刺突力。奇妙な捻れもある」
細い指が、わずかな損傷をなぞる。
「おそらく左手……それも義手。人工筋肉系の保持動作ね。
生身では出ない歪み方をしているわ」
検死官が驚いたように眉を上げる。
「でも、乗員記録には義手の申告は……」
「逆に、それが怪しいのよ。
義肢やサイバネティクスは、この宙域じゃまだ差別や制限の対象。
“義手であることを隠す理由”があるなら、むしろ黙ってる方が自然」
彼女は立ち上がり、静かに呟いた。
「船の中に、まだ犯人がいる。
……殺された私を、未来から送り出して」
その瞬間、すべてがつながった。
「この便の出発は10分後。乗るわ。乗って確かめる。
今から、未来の私の“死の原因”を突き止める」
驚いた検死官が声を上げる。
「でも、それは……危険すぎます!」
「いいのよ。今回は──もう“死んだこと”が確定してるんだから」
皮肉とも達観ともつかぬ笑みを浮かべ、エルミナ・キャスラインは搭乗ゲートへと歩き出した。




