第4章:鎖を解きほどく乙女
標準時 18:57|コロニー〈アロー426〉 ドック区画周辺
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整理好き、潔癖、慎重。
そして、犯行には必ず“順序”があった。
「吊るす順番、焼印の部位……全部、“決まったとおり”じゃないと気が済まねえタイプだ」
ウゴは港湾ドックの作業員たちに、次々と聞き込みを続けていた。
見落とされがちだが、すべての現場に共通していたのは、“被害者の遺体が搬入された形跡”だった。
殺してから運ぶ──それも、手慣れた手つきで。
「ああ、そういえば。消毒液の匂いがしてた。グローブ二重にしてたし、ちょっと変だった」
「荷物の積み込みのとき、944便のことを聞かれたけど……地球便だよな、あれ」
「妙に几帳面で……ああ、確か背丈は──」
ツァオツァオが鼻を鳴らし、ゲート42番の前でぴたりと足を止めた。
「……426コロニー、944便。これが、順番通りに並んだ“次の星”ってわけか」
ウゴは端末を開き、エルミナに音声メッセージを送った。
「聞き込みで一人浮かんだ。潔癖、几帳面、そして地球行き944便に執着。背丈なんかも分かってきた。
お前のGaiaコードとやらと、こっちの番号──合ってるか?」
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標準時 19:06|コロニー〈アロー426〉 通信ロビー
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「……ええ、合ってるわ」
エルミナは返答しつつ、画面に目をやった。
彼女もすでに、同じ答えに辿り着いていた。
その手元には、太陽──SolのIDコード《42694400000000001》が表示されている。
「426:コロニー番号。944:発着便。0000000001──それは……」
一桁ずつ読み直しながら、エルミナは確信する。
「残りは“空白座標”じゃない。これは“宇宙空間”にいる物体のアドレス」
そして末尾の001──それは、この星域で割り振られる犯罪分類コード。
001は「国家反逆に相当する罪」を示していた。
エルミナはすでに、グレイ警部と944便の乗客名簿を洗っていた。
「──犯人の真の狙いは、おそらく“太陽”に相当する人物。それ以外はカモフラージュの殺人だったのよ」
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標準時 19:09|コロニー〈アロー426〉 ゲート42番前 管制フロア
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通信を終えて間もなく、エルミナがゲート前に姿を現した。
彼女は小型端末を手に、まっすぐウゴへと歩み寄る。
「間違いないわ。次の標的は──アリア・オーバス」
「名前に覚えが?」
「ある。地球政府から派遣された財政監察官。元はプロキシマの出身だけど、いまは地球本局への復帰が決まっていて──今日、944便で発つ予定だった。
一部では、“プロキシマを裏切って地球に尻尾を振った”なんて言われてるわね」
ホログラムに表示された人物記録には、“財政改革計画D-9に基づく人員整理”の文字が並んでいた。
その対象者一覧の中には、ウゴの記憶にもある多くの顔があった。
ウゴはふっと息を吐き、ポケットから銀色のスキットルを取り出してウイスキーをひと口含んだ。
「思い出した。少し前に鉱山なんかで大量リストラしたから、暴動が起こりかけてたんだ……そりゃあ、恨まれるわけだ」
「そうね。でも、断罪のために他の4人を巻き込んだ」
「いや、もしかしたら──自分が“英雄”のつもりだったのかも知れねえが……とにかく、イカれたこのクソ野郎を止めねえとな」
ウゴは端末を操作し、整備員登録リストの末尾から復元された一枚の顔写真を見せた。
「ゼレク・カイン。元鉱山技師。2年前、職を失ったって記録がある。
酒浸りになって、妻とも離婚したそうだ」
──
グレイ警部に報告を終えてゲートに目をやると、944便の最終搭乗チェックが始まっている。
「あんたは毎日難事件を解決してるそうだが、まさに英雄って感じだな。……少し憧れちまうよ」
ウゴが酒を含みながら問いかけると、エルミナはふっと鼻で笑って返した。
「私は英雄でも、ペルセウスを待つ乙女でもないわ。
でも、絡みついた鎖があるなら、私はそれを解きほどいてみせる。──必ずね」
そう言って、エルミナは冗談めかして微笑んだ。
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標準時 19:14|コロニー〈アロー426〉 ゲート42番 搭乗通路前
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ふたりが通路を進むと、警備ドローンから報告を受けたグレイ警部のホログラムが、滑るように歩いてきた。
「偽造IDを使っていましたが、ゼレクと思われる人物を確保しました。現在取り調べ中です。
オーバス氏の安全も、すでに確保済みです」
エルミナとウゴは顔を見合わせると、お互いに小さく微笑んだ。
「今度は見落としてないといいけど」
「なに、もし俺らが見落としてても──こちらの名探偵さんが見逃さんさ」
ウゴは傍らの大型犬を見やった。
ツァオツァオが、大きなあくびでそれに応えた。




