第1章:甦る探偵
捜査中に謎の死を遂げたエルミナは、自らの死体を手がかりに、密室の真相を解き明かす。
標準時 10:12|GHO通信中継施設〈サンサーラ・ハブ・ステーション〉再出力室
――
視界が徐々に光を捉え、世界が再び彼女を迎え入れる。
エルミナ・キャスラインは目を開いた。透明な再出力ポッドの内側で、淡い金髪が美しく漂っている。
まだ体温も記憶も安定しないうちに、彼女は無言で固定具を外し、流れるような動作で衣服に腕を通した。
「お目覚めですね、キャスラインさん! バイタル、正常値内です! まつ毛は流行に合わせて基準値より6%増量しておきました!」
元気に吠えるような声とともに、白毛のふわふわしたホログラムが出現する。施設常駐の支援AI──通称サモエド。モデルは犬、名前に反して種類は曖昧だ。
「……再出力の時刻、予定よりだいぶ遅い」
エルミナは腕を動かし、情報端末を起動する。英明な頭脳は、すぐに状況を推測した。
「私、一度死んだの?」
「はいっ! 標準時で2時間前に、お亡くなりです! 詳細は後ほどグレイ警部から──」
「死因は?」
「脳機能停止。おそらく酸素中毒、または窒息。今回の事件の被害者と、同じようです」
エルミナは一拍の沈黙のあと、無言で髪をかき上げた。
死ぬことは、すでに何度も経験していた。自分の死すら、彼女にとっては些末な出来事に過ぎなかった。
再出力──それは、選ばれし者だけに許された“再誕”の権利。
保存された情報から肉体と記憶を再構成し、長距離移動にも用いられる。
人類が2兆人に達したこの時代でも、その権利を持つ者は1万人にも満たない。
銀河人類統括機構〈GHO〉直属の、特別独立探査官──エルミナ・キャスライン。彼女もまた、その一人であった。
「調査予定先は……〈サレリス・プラント〉だったかしら」
「はいっ! 高級野菜の水耕栽培施設です! 連盟貴族向けの! 簡単な調査だったので僕は待機でした!」
「そして、私は死んだ……という訳ね。サモエド、今回は一緒に来て」
「はい! お供します! 大したことはできませんが!」
「警戒は必要ね。さて、前回の私はどこまで推理してたのかしら……」
――
〈サレリス・プラント〉中枢セクションに到着したエルミナの前に仮想警察執行官──グレイ警部のホログラムが現れた。
銀髪の老紳士の姿を取ったその仮想AIは、相変わらず折り目正しく敬礼してみせる。
「再出力、お疲れ様です。おかえりなさい、キャスライン探査官」
「挨拶は省略していいわ。事件は?」
「被害者は二名。どちらも同一施設内、同様の酸素中毒による死亡。うち一名が──」
「私、ね」
「はい。事故か事件か、区別がつかず、念のため検証してから再出力を申請いたしました」
「妥当な判断。……状況は?」
「まずは現場をご覧いただきましょう。ここは“安全”です」
エルミナはグレイ警部のホロ投影にうなずき、ゆっくりと歩き出す。
その背中には、リプリント直後とは思えない静けさと自信があった。
「“また”死ぬような失敗はしないわ。少なくとも、今回は」