秋分旗【短編】ホラー
★★ 秋忘神社 ★★
秋忘神社は、友無町のはずれにある神社だ。
特に古い言い伝えなんかも聞いたことが無いし、そもそも、何の神様を祀っているのかも知らない。
けれども、町のみんなに「神社はどこ?」と聞けば、他にもいくつか神社は存在するにもかかわらず、十中八九、誰もがこの神社の場所を教えるだろう。
というのも、例年決まって「秋分納め」と呼ばれる儀式が執り行われるからだ。
その由来は、誰に尋ねても要領を得ない。
「先々代の宮司が、夢で神様から聞いたらしい。たぶん・・・」
「村に伝わる古い書物に載っていたものを再現した。」
「昭和の時代は、もっとちゃんとしてたんだよ。知らんけど。」
そんなあやふやな情報しかなく、儀式の目的も意味も、すっかり風化している。
しかし、神社の関係者は、毎年、秋になると粛々と準備を進める。
そうして、この儀式の一番のクライマックスは、『秋分旗』である。
なぜか、10代の少年が、ブリーフ1枚で、神社の境内にある旗を掲げるポールに、鯉のぼりのような形でしがみつき、衆人の見世物となるのだ。
何か意味があるのかも知れないが、それを教えてもらったことは、今まで一度も無い。
この裸にブリーフ1枚で、ポールにしがみつく光景は、特に、対象となる中学生から高校生の男子に「絶対やりたくない!」ということで、深く印象付けられ、一度見たら忘れられないものとなる。
といっても、自分の周りで、かつてこの秋分旗に挑戦したという人は、見たことも聞いたことも無いのだが・・・
とにもかくにも、儀式は、なにやら毎年行われている。
それは、確かだ。
でも、それ以上の意味は、分からないし、分からなくても、特に生活に支障はない。
秋忘神社の「秋分納め」というのは、そういうものだと、ボクは、思っている。
★★ やって来た転校生 ★★
その男は、いかつい顔をしていた。
身長は、190センチメートルを超え、巨大な岩のようなゴツゴツした体をしている。
髪を短く刈り上げているにもかかわらず、寝癖が少々目立つ。
足元は、汚れたNIKEのスニーカーを履き、小脇にルイ・ヴィトンのセカンドバッグを持つ。
彼の名は、リュウジ。
16歳、高校2年生。
そう・・・あんな身なりで、あんな格好なのに・・・同級生なのだ。
リュウジが、転校してきたのは、この4月。
そうして、すぐさま、新たに出来た友人たちと、強い絆に結ばれた友情を確認しはじめた。
卓球部のタカシ君も、美術部のユウタ君も、手芸部のベジータ君も、委員長のネギ君も、みんな喜んで、彼と友達になった。
もちろん、それは、帰宅部のボクも例外ではなく、彼は、ニックネームまでつけて、親友と認定してくれた。
リュウジが、はじめてボクをニックネームで呼び始めたのは、5月の連休明け。
それまでは、なんとか、彼の視界に入らぬようコソコソと逃げ回っていたのだが、それが、かえって良くなかったのかもしれない。
「ん?お前、今までクラスに居たか?名前、なんていうんだ?」
そう・・・「知らない顔だ」と、逆に彼の興味をひいてしまったのだ。
自己紹介の後、すぐにボクのお財布チェックが始まった。
「おぉ、渋沢栄一って、オレ、初めて見たわ。お前、やるなぁ。」
ポンっと、ボクの肩に手を置いた彼は、初対面の渋沢栄一が気に入ったようで、ボクのお財布に1枚だけ入っていた渋沢の肖像画を抜き出して、自分の胸ポケットにグシャリと突っ込んだ。
こうして、ボクのニックネームは、「ATMくん」に決まった。
彼と、ボクたちの友情の確認は、それだけではない。
例えば、「真夏の我慢大会」なんかは、その典型だ。
★★ 真夏の我慢大会 ★★
蝉の声が、耳の奥にまとわりつく灼熱の午後。
「いいかっ。今日は、男の根性を試すんだ!途中、水を飲んだヤツは、男じゃねぇ!」
リュウジの声が、教室に響きわたる。
誰も、逆らえない。
タカシ君も、ユウタ君も、ネギ君も、ただ、うなずくしかなかった。
夏休み中の、誰もいない学校。
どこかから鍵を手に入れたリュウジが、空き教室を占拠したのだ。
窓は、目張りされ、カーテンは、閉じられる。
設置された2台の灯油ストーブに火がつけられ、置かれた古いヤカンが、コトコトと唸り声をあげる。
七月の午後、温度計は、44℃を示していた。
「おまえら、毛布にくるまって座ってろ。動くなよ。水は、禁止。トイレも行くな!じゃぁ、2時間耐久我慢大会開始だっ!」
リュウジは、教壇の前に座り、氷の入ったコーラをがぶがぶと飲みながら、扇風機の風が自分の顔に当たるよう調整をしている。
もちろん、彼は、絶対にストーブの前に座らない。
我慢など、する気は、さらっさらないようだ。
ボクは、毛布にくるまりながら、すぐに後悔した。
自分の体温が、どんどん上がっていくのが、分かる。
汗が噴き出し、喉がカラカラになり、口の中にツバすらたまらなくなった。
時計の針が、微々として進まない。
世界が、止まってしまったかのよう・・・
ボクは、すぐにぐったりした。
だが、リュウジは、けらけらと笑っていた。
「おいおい、ATMっ。まだ。15分しか経ってねぇぞ!」
ボクが、ふらふらと、揺れ始めると、リュウジは、楽しそうに声をかけてきた。
クラクラする頭の中に、ネギ君の声が、響く。
「これ、ヤバイよっ。リュウジ君、1回、止めよう。」
「うっせぇな。ネギっ。そんなら、お前の毛布追加だ。」
最後に聞こえたのは、リュウジの怒鳴り声。
それから、記憶が、とぎれとぎれになった。
音が遠くなる。
吐き気・・・目の前が、ぐにゃりと歪む。
重力が、急に何倍にもなったような気がした瞬間、誰かの悲鳴が聞こえた。
目を覚ましたのは、廊下に敷いてあったマットの上。
頭には、濡れたタオルが乗せてある。
「あっ、気が付いた。水、飲む?」
目の前には、タカシ君、ユウタ君、そして、ネギ君の顔。
「りゅ・・リュウジくんは?」
目覚めて第一声が、「リュウジくんは?」とは、情けないけれども、それほど、彼が、恐ろしかったということだ。
「大丈夫だよ。ネギ君が、『このままじゃ死ぬっ。』って言って、やめさせてくれたんだ。あっ、リュウジ君は、面白くなくなったって、先に帰っちゃった。」
タカシ君が、ぼそぼそと、答える。
ボクは、ほっとして、そこから、また記憶が、途切れた。
気が付いたのは、翌朝だった。
だるい体を無理やり起こし、自分のベッドから起き上がると、部屋を出て階段を降りる。
「あら、起きたの?大丈夫?熱中症。冷たい水あるけど、今飲む?あっ、ネギ君が、付き添ってくれてたけど、ちゃんと、お礼言っておくのよ。」
矢継ぎ早に、母親が、口を動かしながら、コップに注いだ水をトンっと、テーブルの上に置いた。
置かれた水をゴクリと一息で飲み干すと、たずねる。
「あんまり、よく覚えてないんだけど、みんな来てたの?」
「えっ?ネギ君が、ひとりで付いてきてくれてたわ。他には、誰も居なかったわよ。」
どうやら、ネギ君が、あの状態のボクを、家まで付き添って連れて帰ってくれたみたいだ。
人差し指でスマホの画面にタッチすると、メッセージアプリを開く。
ネギ君のアイコンは、なぜか、ニンジンの写真だ。
>昨日は、ありがと
>正直、記憶が途切れ途切れなんだけど、助かった
送ったメッセージは、すぐ既読となる。
>気にしないで!友達だろっ!
『友達』の言葉に、ふっと、リュウジの顔が浮かんで、思わず頭をぶるぶると振った。
アレは、違う・・・
こっちが、本当の友達であって、これこそが、友情。
しかし、そんな事件があったからと言って、オトモダチに対するリュウジの友情確認が、終わったわけではなかった。
★★ 男試し ★★
それは、秋といえども、まだ暑さが残る9月のはじめ。
リュウジが、とつぜん、度胸試しをしようと言い出した。
といっても、ただの度胸試しではない。
なぜなら、彼は、ある噂を聞きつけて、興味津々であったからだ。
「おぉ、ATM。ちょうどいい所に居たな。『秋分旗』って、知ってっか?」
「えっ、あっ、はい・・・」
そう・・・転校生であったリュウジは、この秋になって初めて『秋分旗』についての話を聞いたらしいのだ。
「あれって、神社のヤツらが、この町のヤツをスカウトするって、ホントか?」
「えっ?知らないです。聞いたことないから・・・」
なんと、彼は、『秋分旗』に興味を持ち、どこからか、その対象となる男子を、神社の人たちがスカウトしているという情報まで、手に入れてきたのだ。
「よし、『男試し』だっ!」
そうして、リュウジが言い出したのは、男気を試すゲーム。
ルールは、いたってシンプル。
この時期にスカウトが行われるというリュウジの聞きつけてきた怪しげな噂。
その秋忘神社の前に、30分間、何もせずにただ立つ。
ただ、それだけだ。
勧誘者に声をかけられたら、その瞬間に、負けが確定。
そのスカウトを・・・あの恥ずかしい『秋分旗』の担当を必ず引き受け、人生に永久に残る黒歴史を刻まなければならないのだ。
ルールとしては、制限時間の30分を耐え抜けば良いのであるが、そこからが、『男試し』の真骨頂。
30分間を超え、さらにどれだけ立ち続けることができるか・・・
『真の男』としての価値・・男気を見せる部分は、ココであると、リュウジは言う。
「おい、ATM!ゲームの内容は言わずに、放課後みんなを集めろ。神社の近くに集めたら、ドッキリ成分が抜けて面白くねぇ。正門前だ。絶対に、内容を漏らすんじゃねぇぞ。」
こうして、リュウジの思い付きにより、放課後、男気を試す「男試し」が、急遽行われることとなった。
うだるような蒸し暑さの中、午後の授業は、あっという間に通り過ぎ、空には、分厚い雲が、覆いかぶさっってきていた。
正門前には、西からの風が吹きつける。
その曇り空が、漂うどこか重苦しい今の空気を、物語っていた。
「あん?ATM!みんな集めろって言ったよな?なんで、ネギが、居ねぇんだ?舐めてんのか?」
そう、ネギ君が、居ないのだ。
いや、声は、かけた。
しかし、彼は、こう言ったのだ。
「ごめん。しばらくの間、放課後は、家の仕事を手伝わなきゃダメなんだ。悪いけど、行けないよ。リュウジ君には、上手く言っておいて。」
時間を気にしながら、急いで帰る彼を、ボクたちは、止めることは出来なかった。
下校する生徒たちが、不審そうに横目でボクたちを見やる正門前。
「誰か、あいつの家、行けよっ!」
リュウジが、怒声とともに、たたずむ仲間たちを、ニラみつけた。
「あいつが、帰るのを見てただけか?なあ、ただ、見てただけかよ?誰か、止めろよ、追いかけろ!おい、タカシっ!お前、あいつの家の場所、知ってっか?今から、すぐ連れて来いやっ。」
タカシ君は、びくりと肩を震わせた。
彼は、一瞬、リュウジの顔を見る。
だが、すぐに顔を伏せた。
彼は、足がすくんでしまっていた。
ユウタ君は、タカシ君を助けようと、必死でフォローする。
「えーと・・・でもさ、あいつ、家の仕事っていうから、たぶん、ちょっと時間がないんだと・・・うん。」
「オイコラ、黙れやっ。お前、オレの気持ちが、分かってんのかよ。」
リュウジの怒鳴り声が、再び響く。
「時間がないとか、そんなんいらねぇんだよ!時間は、作るもんなんだよっ。アイツを連れ戻して来いって、オレは、言ってんだ。」
ユウタ君は、怯えた目でリュウジを見るしかなかった。
その顔は、強張り、言葉を失っている。
「そだ・・・ATM!お前が、行け。オレは、お前に、全員集めとけって言ったんだ。お前の責任だ。5分以内に、アイツをここに連れて来い。」
そうして、矛先が、ボクに向かった。
彼の声には、苛立ちと怒りが、あふれている。
ボクは、目をそらさなかった。
拳を握りしめていたのは、震えているのを隠すためだった。
リュウジに何か言われたら、こうすると、すでに決めていたのだ。
「リュウジ君、ボクが、ふたり分やる。60分間、神社の前に立つよ。だから、ネギ君には、家の仕事を手伝わせてやろう。それでいいだろ?」
風が止み、時間が止まる。
理不尽に関税をかけるようなジャイアンには、相手の興味を引きそうな想定外のボールを投げ返すのが効果的なはず・・・
ボクは、そう考えたのだ。
予想通り、彼は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「面白れぇ。いいねっ、それこそ『男試し』だ。じゃぁ、ATMは、120分なっ。それで、あいつの分は、チャラにしてやる。」
サラっと、制限時間を元の4倍・・・120分間に増やしたリュウジは、さっきまでの様子が嘘のように、キラキラとした歯を見せて、機嫌よく笑った。
・・・うん。これで、彼の友情に、こたえることができる。
もちろん、秋分旗のスカウトが、リュウジが、どこからか聞きつけてきただけの眉唾の噂でしかなく、「神社の前にどのくらい立とうとも、スカウトなんかされないだろう。」という打算が、頭に無かったと言えば、嘘になる。
しかし、それが、ボクの中に占める割合は、ほんの些細なもの。
水分摂取も禁止されたあの耐久我慢大会で、脱水と熱中症のため、ふらふらと倒れそうになったボクを見て、リュウジに、『このままじゃ死ぬっ。』と声をあげ、体を張って我慢大会を止めてくれたネギ君。
自身も、耐久我慢大会に参加した以上、当然ながら、体調は、ヒドかったはずなのに、ふらつくボクに付き添って、家まで送り届けてくれたネギ君。
そうして、翌日のネギ君のあのメッセージ。
>気にしないで!友達だろっ!
本当の友達。
本当の、友情。
ボクが、ふたり分の『男試し』をやるくらい、たいしたことではない。
この時ボクは、キラキラとした本物の友情が、ネギ君との間に繋がっていることを確かに感じていた。
★★ 秋分旗 ★★
「120分・・・2時間でいいなら、なんてことないな。」
神社前に移動し、最初にその場に立つことになったボクが、そう考えて笑ったのは、最初の数分だけだった。
じっと立つ。
ただそれだけの行為が、こんなにも、内面をえぐるものだとは思わなかった。
まず、この道を通る近所の人たちの視線。
彼らの視線は、不審者を見る目で、下手をしたら、通報されかねない。
考えてみれば、当然である。
この神社の前は、ふつう、閑散としていて、高校生が、用もなくひとりで立っているなど、不自然でしかないのだ。
さらに、いくら参拝する人が、ほぼ居ない神社だと言っても、多少は、人の出入りがある。
それが、問題だった。
普段なら、なんでもないはずの、神社の境内から歩いて出て来る人。
毎年、『秋分旗』が掲げられるポールが、すぐ目の前にあることも、その理由かもしれない。
鳥居の向こうからやって来る全ての人が、ボクを、『秋分旗』に勧誘しようとしているように見えてしまうのだ。
さらには、遠くで見ているであろう、リュウジと仲間たち・・・その視線。
リュウジは、おびえながら、不審者のように立ち尽くすボクを見て、笑っているであろうし、他のふたりも、ボクが、勧誘されたならば、自分たちは、助かることを理解しているので、その視線には、いろいろと期待が、含まれているのが、ありありと分かる。
いや・・・リュウジは、仲間割れに似た裏切りのような待機組の心理も含めて、このイベントを楽しんでいるのかもしれない。
それらすべてが、重かった。
胸の内に、重さを感じないよう、ただ一点を見つめ、思考を止める。
それが、ボクにとっての「そこに立つ」という行為で、「男試し」の全て・・・いや、ネギ君との「友情確認」の全てと言っていいだろう。
それでも、立ってさえいれば、時間は、刻々と過ぎていく。
最初は、120分だったスマホの画面の数字は、60分になり、30分になり、ついには、残り10分となった。
「ふぅ・・・」
・・・あと、10分。あと10分で、終わる。
神社から出てくる人もおらず、このまま何も起こらずに、制限時間を迎えそう。
そう思って、ボクが、安堵のため息をついたその時であった。
「あれっ?こんなところで、何してるの?」
背後から聞こえたそれは、安心感を与える聞き覚えのある声。
思わず、後ろを振り返る。
白い狩衣に、浅葱色の袴。
その姿は、まさに神主。
「えっ、ね・・・禰宜君?なんでそんな恰好をしてるの?」
それは、しばらくの間、放課後は家の仕事の手伝いをしているはずの、ネギ君であった。
「あぁ、この格好は、神職の正装だよ。いやねぇ、ウチ、神社やってるんだよねぇ。チャーハン、イケメン、ぼくツケ麺!って感じで、神社の息子なんだ。」
ネギ君は、実家が神社をしているお笑い芸人の似ていないモノマネを披露しながら、軽い調子で告げた。
「そ・・そうなんだ・・・」
ボクの胸が、急スピードで高鳴り、その嫌な予感が、脳に強い警告を与える。
ネギ君は、周りを少し気にしながら、ボクの肩に、その右腕を回した。
「いや、でも、最近ってさ、少子化のせいでちょうどいい10代の学生って、なかなか居ないんだよね。」
見れば、彼の手には、黄ばみも何もない真っ白なブリーフ。
目の前の神社に見えるのは、秋分旗のポール・・・
腕を回された肩が、背中が・・・ジワリと汗ばむ
そうして、ニヤリと笑みを浮かべた彼は、キラキラとした歯を見せて、あの時送ってきたメッセージと同じ言葉を発した。
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「ボクたち、友達だろ?」
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