二十九話 …………戻ろう
……とにかく。
こうして無事に終わった事だし、パサレーの所に戻るとしようか。
多少、いや割と心残りはあるけど。
不満ではないと言えば嘘になるけど。
でもまあ、まずそもそもとしてコレは人助けのためにやった事なんだから、そんなコト言ったってどうしようも無い。
とは、分かってるんだけどね……
そうして不屈の心を持った俺は、数秒後には気を取り直し、立ち上がっていた。
…………ゴメン、嘘だ。
本当は、数十分くらいは立ち直る事が出来なかったんだよね。
まあでも、ずっとそうしているのも何か嫌だし。
ってワケで、とりあえず立ち上がったって感じだから。
本当は、立ち直れてすらいないんだけど……
「……はぁ」
そんな俺ではあったが、ひとまずピアンテに掛けた捕縛魔法を解除すべく彼女の元に向かった。
「うぅ、師匠……」
「ピアンテ、またなの?
また、やっちゃったの……?」
すると、彼女は泣いていて。
それだけならばまあ別に良かったのだが。
「うぅ……だってしょうがないじゃないですか〜!!
私何にも出来なかったんですもん!もし何かあっても逃げるどころか身動き一つ取れなかったんですよ!?
そんなのって、怖過ぎるじゃないですか!!
むしろ漏らすなって言う方が無理な話ですよ〜!!」
「まあ、分かるけどさ……でもソレ、自分で言うんだね……」
何と、また漏らしてもいたという事を、漂うアンモニア臭とピアンテの叫びによって俺は知った。
ちなみに言うと、これも本人から直接聞いて知ったのだが。
少し前、俺がブチギレている時に聞いたもう一つの『川のせせらぎのような音』も彼女が原因……というか、それはお漏らしの音そのものだったようだ。
……どうやら、俺にビビったのは一人でもなく一人と一匹でもなく、二人と一匹というのが正解だったらしい。
まあ、もう何でも良いや。
そう思った俺はそんなピアンテを軽くあしらい、ついでのように拘束を解き。
そして彼女と共に帰る準備を始めた。
「セイントソード……お前は……」
その時だった。
今となってはもう、老猫のように背中から哀愁漂わせているだけの、虎野郎のそんな呟きが聞こえたのは。
そうだ、そういえばショック過ぎてコイツの事をすっかり忘れていた。
これで一応、灸を据えてやった事にはなるだろうけど……大丈夫だろうか?もう、コイツは悪事を止めてきちんと反省するだろうか?
とはいえ、もう出来る気力さえ無いように見える……でも、とりあえず確認だけはしておこうか。
そう思い、俺は虎野郎に話しかけた。
「トラ……そっか、俺名前知らないんだった。
まあ良いや、ねえ!そこのキミ!
少しは反省したかい?
これに懲りたら、今すぐにでも町の人達を苦しめるのはやめて……」
「お前はまた、私から何もかも奪い去って行くというのか……セイントソード……」
だが、話しかけた所で相変わらずコイツはブツブツ言ってるだけで何も反応しない。
正直、今度は色んな意味でコイツの事が心配になってきてしまった……この人本当大丈夫か!?
「…….もしかして、ここまでの事をしたのには何かワケがあるんですか?」
すると、いつの間にかそんな虎野郎の前に立っていて。
そしてそう言い、奴に手を差し伸べたのはピアンテだった。
おいおい、彼女はこんな奴にまで優しくするというのか……?
本当にピアンテは、お人よしというか何というか……とにかく、それは俺にとって理解出来ない行為に他ならない。
だから、俺はそんな二人の様子をただ黙って見つめていた。というか、今の俺にはもう何もかもが面倒に思えてきて、それ以上の事をするつもりが無かった。
……が、そうして押し黙る俺を見。
それを『沈黙による肯定』か何かとでも勘違いしたのか。
虎野郎はその死んだような瞳を俺に向けると、自身の過去について語り出した。
……ただし。
「ぐぅおぉ!!……わ、私は……
ぐ、ぐぉおおぉおおお!!!」
ピアンテの醸し出すアンモニア臭が鋭い嗅覚を持つのであろうコイツを余程苦しめているのか、時折激しくのたうちながらではあったが。
私はこの家で産声を上げたその瞬間から、貴族の地位を約束されていた産まれながらの勝者だった。
そんな私は、何もかもを全て金で買えた。
この世に金で買えない物は無いと心からそう思っていた。
だが、あったんだ。
人からの信頼、というものが……もしかすると私は、本当はそれだけを求めていたのかもしれないな。
そして、そんな私だったからこそ。
この町の人々からの信頼を勝ち取るため、ありとあらゆる手段を使ってそれを追い求めた。
今思えばそれは、私の力というよりは金の力と言った方が正しいが。
だがそれでも、それでも私は信頼を欲したんだ。
やり方がいくら汚かろうと、真の意味でのそれでなかろうと、それでも良かった。
私には手にする事の出来ない物など存在しない。
それを、どんな形であろうと証明したかったんだ。
だが、それも今となっては過去の話だ……セイントソード!!
お前が現れ……
「はい止め止め!!
何を話すかと思えば、まさか産まれた時から始めるとか……それ絶対長くなるやつじゃん!!もう充分!!
ピアンテももう良いでしょ?
ほら、洗濯もしないといけないんだから、早く帰るよ!!」
そうして始まった虎野郎の回想。
だが、それを割と序盤の方で中断させたのは。
奇しくもそれを始めさせたのと同一の人物……何を隠そう、この俺自身なのであった。
ちなみにその理由としては。
流石に今の精神状態ではそんな長話なんて聞きたくはないし、何より早く帰りたかったからだ。
ちなみにもう一つ言っておくと。
さっきの〝奇しくも〟というのは言いたかったから言ってみただけで、特に深い意味などは無い。
(*´ω`*)