二十六話 その面を拝んでやろう!
『正直、部屋というよりは小さい体育館みたい』
多分、貴族の自室には初めて入ったと思うけど、感想としてはまあそんなものかな。
いや、もっと言えば『豪華な小さい体育館』だね。
とにかくここは何もかもが豪華で、宝石だけならまだしも様々な家具やインテリアまでもが眩しい程にギラギラと輝いているんだから。
その様はまさしく、体育館サイズの宝石箱のようだ……いや全然、褒めてないよ?
ったく、何でもかんでもギラギラギラギラさせてくれちゃってさ……もうここまで来ると悪趣味の領域だよ。
それに、「とりあえずギラギラさせときました!」みたいでセンスの欠片も感じないし。
しかもコレ、町民の血税で買ったヤツでしょ?
なら本当に、マジで全然美しくないね。むしろ最悪だ、目の毒だよ。
全く、こんな部屋に住んでる奴の顔が見てみたいね。
……というワケだから。
じゃあ早速、それを実際に見てみようか。
そうして、俺達はこちらに背中を見せて佇む人影に……窓辺にいる、俺が今の今まで大馬鹿野郎と呼んでいたそれに目を向ける。
それはやはりと言うべきか獣人で、姿形はまるで大柄な虎のようであった。
ただし腐っても貴族という事だろう。ソイツはそれっぽい衣装に身を包んでいる……が、それすらもいちいち豪華な装飾が施されていて見れば見るほど癪に障る。
そして、そんな虎野郎は背後からの視線に気が付いたのか、その姿勢のまま俺達にこう話しかけた。
「フン……招かれざる客よ、遂にここまで来たか。
これでは従者共全員、減給にせねばならんな」
とりあえず、コイツが意地悪くまた同時にセコい奴でもある事は分かった。
だからそれ以上、そんな野郎の話など、いや名前すらも聞きたくなかった俺はそこで口を挟む。
「……チッ、何だつまんないなぁ。
せっかくビビらせてやろうと思って色々やったのに、〝こっちのタイプ〟だったか」
「ん?師匠、こっちのタイプってどういう事ですか?」
すると、今度は俺が話している最中にピアンテが口を挟んできた。
空気読みなさいよ空気を……一瞬そう思ったけど。
まあ、こんなのと話すよりも彼女と話した方がよっぽどマシだと気付いた俺は。
虎野郎がいる事など全く気にせず、ピアンテにこう説明する。
「そうだね……まあ、これは俺の個人的意見なんだけどさ。
人の上に立つ者のクセに、『取るに足らない〝小物〟』な奴の中には、二つのタイプが存在してると俺は思うんだよ」
「……!」
すると、俺がした今の発言……いや、もっと正確に言えば。
今の単語に虎野郎が反応して耳を上げたのを、俺ははっきりとこの目で見ていた。
……まあ、面白いからそのままにしておくけどね。
という事で俺は説明を続ける。
「例えばそういう奴が、俺達みたいな侵入者が来た時、つまり緊急事態だね。その時にどうするかって事なんだけど……
一つはひたすらビビって、対応はぜーんぶ下の人間に任せっきりの奴。
俺はてっきり、やり方が汚いからアイツもこのタイプだとばかり思ってたんだけど、でも違ったみたい。
アイツは二つ目。
『自分に危機が迫るまで、それが危機だという事も分からないマヌケな奴』だったんだよ。
だって今、こうして俺達がここまで来てるってのにさ、アイツはまだ自分がどんな立場にいるのかも分からないまま、ああして偉そうにしてるんだよ?だから絶対そうだって!」
「あ、あの〜、師匠……
そ、そのくらいにしておいた方が……」
そこで、ピアンテが少し不安げな顔をして俺にそう言った。
でも、理由はちゃんと分かっている。
それは俺の話を横聞きしている虎野郎が、いつの間にかこちらへと顔を向けていて。
更にその上、ソイツが鬼のような形相をしていたからだ。
「おいおいピアンテ、俺達はアイツをぶっ飛ばしに来たんだよ?それが怒ってようが何だろうが関係無いさ。
むしろ、そんな弱気じゃ出来るものも出来なくなっちゃうよ?
……へへ」
でも、アイツがそんな顔をしてると思ったらさ。
ピアンテにそう話してる最中だっていうのに俺、ついつい笑っちゃったよ。
そんなの予想済みだったし、しかもこーんな分かりやすい挑発に乗るようなプライドだけは持ってるんだと思ったら、ついね。
まあ、そこからも分かるように俺は何とも思ってないから、やっぱりまだ説明は続けさせてもらう。
「まあでも、そう思うと本当ここの使用人達には同情しちゃうよ。
だって俺がさっき言った『二つ目のタイプの奴』はさ。少なくとも俺が今まで見てきた中ではだけど、でも、その大半が……
もうどうしようもないってくらいの状況にならないと、まともな指示や判断が出来ないような奴ばっかりだったからね。
正直、すぐに撤退しようとする『一つ目のタイプの奴』の方がよっぽどマシだよ。後者は本当、どうしようもないね!
でもそのクセ、そういう奴に限ってちっぽけなプライドだけは一丁前に」
「良い加減黙らんか!!
人間風情が調子に乗りおって!!」
そしたら、とうとう我慢の限界が来たらしい。
虎野郎は本物の虎顔負けレベルの叫び声を上げ、俺の挑発目的の説明を途中で掻き消して見せた。
だが、コイツは余程頭に来たのかそれでも叫ぶのを止めようとはせず、それどころか続けてまた大声を上げる。
「……!?おい、そこの人間!!
お前、セイントソードか!?
いや、私がその顔を忘れるはずがない……!!
セイントソード!!お前はまた私の邪魔をするというのだな!?
お前さえ……お前さえ現れなければ!!私は英雄のままでいられたというのに!!
セイントソード!!セイントソード!!
お前だけは絶対に許さんぞ!!
必ずお前だけはこの手で殺してくれよう!!」
どうやらコイツ、今になって漸く俺がかの有名なセイント・ソード様だとお気付きになったらしい。
「また、俺の邪魔をする……??
師匠、師匠はこの方とお知り合いなんですか?」
「うーん……どうなんだろうね?
正直、あんまり覚えてないや」
しかも、ピアンテも言っているように俺はコイツと何かしらの因縁があるみたいだ。
まあでも、自分でそう言ったから分かるかもしれないけど、俺は正直、何も覚えてないだよね……というか、コイツの存在すら全然知らなかったし。
いやでも、その言い方から察するに俺が忘れてるだけなのかなぁ……??
……まあ、良いや。
どの道、それを知る術は無いみたいだからさ。
だって、遂にブチギレた虎野郎が……
「さあ出て来い!!百魔の集合体よ!!
そして我が仇敵を討ち滅ぼすのだ!!!」
そう言った次の瞬間。
壁を突き破って……そう。
百魔集合体・ドラシェンが俺達の前に姿を現したんだから。
だったらもう、話してる場合なんかじゃないよね?