二十一話 ごはんにしよう! 2
店内もやはりボロく、これまたやはりというべきか誰もいない。
でも、そんな事は既に予想済みだし。
それならそれで、こんなにも素晴らしいスメルを漂わせている店のお料理をすぐに提供して頂けるという事でもあるんだから、別に不満は無い。
というかむしろ、俺は内心で喜びさえ感じていた。
「すみませ〜ん!!二人なんですけど入れ……むぐっ!?」
「ピアンテ、それ以上言っちゃダメだ……どっからどう見ても、二人どころかもっと入れるくらいガラガラじゃん……?」
「あ……ふみまへん、ひひょう……」
少なくとも今現在のこのお店では失礼に当たるだろう発言をしかけたピアンテの口を手で塞ぎ、俺は店内を見回し店員の姿を探す。
すると物音を聞き付けてか、厨房の奥からその人は現れた。
「あら、もしかしてお客さん?」
それは獣人種の女性だった。
年頃は獣人という事もあってやや推測し辛いが、多分ピアンテよりも少し上くらいだと思う。だからお姉さんだね。
そしてもっと言うと、その人は鳥のような見た目をした獣人……ではあるんだけど、獣人としての血統は薄めなのか結構ノーマルの人間に近い見た目をしていた。
違いを挙げるとすれば、そうだな……
頭髪は普通に人間のようで、ただし赤髪で。口の代わりに黄色の嘴がそこにはあって。あと翼は背中にあり、腕は腕でちゃんとあって。
でも顔以外は羽毛に覆われていて。それで服を必要としないためか、今のファッションは『裸エプロン』みたいな感じで……と、まあそんな感じかな?
最後のは違いとか、そういうんじゃないけど……まあとにかく、獣人のお姉さんはそのような姿形をしていた。
「え……そ、そんな!?本当にお客さんだったのね!?
ええとええと、こういう時はどうするんだったっけ……!?」
そんな彼女は何故か、手に持っていたオタマを床に落とした事にも気付かず、嘴を大きく開け、手を顔に当てて、お客様の来訪に酷く驚いている様子だ……
まあ恐らく、それ程までに客足が少ないんだと思う。
けど接客を忘れるくらいって……この店大丈夫か?
とは思いつつも、このままでは提供が遅くなってしまうと考えた腹ペコの俺達二人組は。
「お、お姉さん!!とりあえず一旦深呼吸しましょう?何だったら私達一回外出ましょうか!?お客様じゃなくなりましょうか!?だからここはひとまず、一旦落ち着いて下さい!!」
「いや何言ってんのピアンテ!?君も一回落ち着いた方が良いよ!?とにかく、二人共落ち着いて!?お願い!!頼むから!!」
ひとまずそう言って、獣人のお姉さんを一刻も早く落ち着かせられるよう努力したんだ……
「さっきはごめんなさいね、久し振りのお客様だったから少し気が動転してしまって……でも、もう大丈夫だから安心して!
じゃあ改めて……いらっしゃいませ!
タベルナ・パサレーへようこそ!私はココのオーナー、パサレーよ!」
その後メニューを手渡し、俺達にニコリと優しく微笑んで見せた彼女は、その名を店名と同じパサレーと言った。
何という偶然……ではなくて、自分の名前を店名に入れただけなんだろう……まあでも、うん。実に分かりやすいネーミングだね。
だがそれにしても、その若さで店主をしているというのはちょっと珍しいような気もする……
とは思いつつも、腹が減って減って仕方がない。
だから俺は色々と質問する前にまず腹を満たそうと、ピアンテの持っていたメニューを引ったくりそれに目を向けた。
「し、師匠……ずるいですよ。
私にも見せて下さい……!!私だってお腹空いてるんですから……!!」
するとピアンテは身体を寄せ、頬を寄せ。どうにかメニューを見ようと俺にその身を押し付け始めた。暑苦しい。
……まあ、それはともかくとして。
俺達はそうしながらも何とか注文を決め、それをパサレーに伝えると。
「はぁい、すぐ用意するから少し待っててね!」
先程からずうっと、ニコニコとしつつも俺達の姿を凝視し続けていた彼女は漸く立ち上がり、厨房の奥へと『ふぁさふぁさ音』を鳴らしながら消えて行った。
余程俺達が来たのが嬉しかったんだろう。
ウッキウキな姿を隠し切れていない。というか、隠す素振りすら無い。
ちなみに言うと、パサレーの響かせた『ふぁさふぁさ音』の正体とは……
嬉々として厨房に向かう彼女がスキップをする事によって、擦れた羽根から発せられていたのである。
まあ、他人からすれば物凄くどうでも良いかもしれないけど……ただ俺にはその様子があまりにも可愛らしく見えたからさ、だから一応言わせてもらったんだよね。
「はぁ〜、久々のオムレツ!楽しみだなぁ……!」
そんな俺の隣では、ピアンテがもうすぐ目の前にやって来るであろうオムレツの姿を想像して顔を緩めている。
そしてそれは、とんでもなくだらしない顔ではあったんだけど……
でもまあ、これだけの良い匂いを漂わせるこの店で。しかもココの特産品である卵を使ったオムレツなんだから、まあそうなっても仕方が無いとは思う。
というワケで俺は、横にいる彼女の顔を見なかった事にして、自分の注文した料理を待ち続けた。
そのまま待ち焦がれる事数分……遂に、お待ちかねの料理達がパサレーと共に姿を現した。
「二人共お待たせ!さあどうぞ!」
「おぉ〜オムレツ!!待ってました〜!!」
そうして、ピアンテの前には大きなオムレツが。
「おぉ!!こいつは美味そうだ……!!」
俺の所にはホワイトシチューとパンのセットが運ばれてきた。
どうやらここのシチューは、他のものよりもややドロッとしているらしく少し重みを感じる。
それをスプーンで掬って、鼻に近付けると……う〜ん。
この香り、この湯気……実に食欲を唆る!!素晴らしい!!素晴らしいとしか言いようが無いよ!!
だけど、ピアンテの頼んだオムレツも凄く美味しそう……スメルが抜群なのは勿論、ずっしりとしていて食べ応えもありそうだ。見ているだけで羨ましくなる。
俺も、次来た時はオムレツにしようかなぁ……いやいや!今は目の前のシチューを楽しまなくちゃ!
「それじゃあ、頂きます!!」
「頂きま〜す!!」
と、いう事で俺達は少し遅めのランチを開始した。
「……ん!?」 「こ、これは……!!」
「「美味い!!」」
だがすぐに、料理を口にした俺達は同時に声を上げる。
というか、上げずにはいられなかった。
このシチューが見た目以上に濃厚で、本当の本当にウマいのだから……!!
恐らくピアンテも同じ気持ちでいるのだろう。
ああ、あっちのオムレツはどんな味がするんだろうか……??
それを考えただけで危うくヨダレを垂らしそうになる……ジュルリ。
「フフフ、今日のは特に上手く出来たのよ。喜んでもらえて良かったわ」
そんな俺達を見つめるパサレーはやっぱり笑顔でいて、しかも翼をはためかせ、おまけに何処かうっとりとしているかのように、ゆらゆらと身体まで揺らしている。
まるでこの料理達の美味しさを自身も感じているかのような反応だ……だがそれにしても、まさかここまでウマいとは思わなかった。
断言しよう、パサレーの料理の腕は一級品だ!!
やはりというべきか、彼女はその腕前だけで。
俺がこの店を初めて見た時の評価を完全に覆してくれたんだから!!
「…………フフ」
俺は思わず微笑む。
そして、それは何故かというと。
(獣人は自分達の作った無精卵やミルクなんかを食材にする事もあって、そのお陰か料理は滅茶苦茶美味しかったはず……
でもどうしてだろう?その〝方面〟の記憶にはあまり良い思い出が無いような気が……)
これほどのモノを口にしてしまったせいで。
そんなような事を思っていた過去の自分がどれだけアホであったか気付かされてしまい、それを嘲笑っているからだ。
いや本当に、馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらないよ。どうしてそんな事思っていたんだろうね??
良い思い出が無い……とか言ってさ。
全然そんな事無いじゃん!最高じゃん!
……とまあ、そうして俺は。
この店に来た事でウマい物を堪能出来ただけでなく、過去のトラウマのような何かを克服までしてしまうという、最高の体験をしたのであった。
…………まあ、実を言うと。
克服したはずの、そのトラウマのような何かは。
俺の中で再燃し、また俺を苦しませる事となるんだけど……
でもそれはもう少し、後の話だ。