十八話 疲れたから寝よう! 2
「ねえ、ブラックドラゴン」
そんな彼女がぽつぽつと呟き始める。
けどその相手は俺ではなく、ブラックドラゴン君のようだ。
「はい魔王様、どうかなさいましたか?」
「コイツ、最近裏ボス裏ボスって五月蝿いじゃない?」
何ィ、五月蝿いだと……?
失礼な奴だな……まあ間違いではないけど。
「ええ、セイントソード様は強い相手をご所望のようですから。それがどうしたのですか?」
「いえ、別にどうしたってワケじゃないんだけど。
ただコイツ、そのせいで最近だとあまり城に来なくなったじゃない?今までなんて頼んでもないのに週何回も来てたクセによ?
それに、前まではあんなにも嫌がってた仲間までいつの間にか作っちゃってるし。
だから、もう私の事はどうでも良くなったのかな……とか、ほんの少し思ってしまっただけよ。
ああ、勘違いしないでよね!
別に寂しいとかじゃないのよ?ただちょっと、それは冷たいというか、薄情なんじゃないかなって……」
どうやら、魔王はそんな事を思っていたようだ。
別に悪い事をしているワケではないんだけど。そこまで言われてしまうと少し、彼女に対して申し訳なく思う自分がいる……
「…………フフフ、魔王様。
程度の差はあれど、誰しも悩みというものはあるものですよ。
まあセイントソード様に関しては、悩みという程ではないのかもしれませんが……とにかく。セイントソード様が飽きるまでは、見守って差し上げましょう?
……大丈夫ですよ、魔王様。
セイントソード様は優しいお方ですから、悪気があってそうしているのではないはずです」
「……ま、それもそうね。
というか、コイツがそこまで考えてるワケないものね。何だか悩んで損したかも。
ありがとう、ブラックドラゴン。
アンタの言う通り、私ももう少しだけはコイツを暖かく見守ってやる事にするわ」
そこにすかさずフォローを入れて魔王を落ち着かせ、その上で更に俺の株まで上げてくれたのはブラックドラゴン君だった。
俺からもありがとうと言わせてくれ、ブラックドラゴン君……!!
君はやっぱり優しいよ!俺なんかよりもずっと優しい!まるでお母さんみたいだ!勿論、魔王のね!
「フフフ、それが良いかと……では、私は一度失礼して厨房の方に戻らせて頂きます。早いうちにトロールにも、先の事を話しておかなくてはなりませんから」
そんなブラックドラゴン君は、そう言って部屋を出て行った。
お母さん……!出て行くのは娘さんの『事あるごとに俺を小馬鹿にする悪い癖』を直してからにして欲しいんですが……!
さっきも『コイツがそこまで考えてるワケないものね』とか言っていたの、俺にもちゃんと聞こえてたんですからね……!?
とは思いつつも、俺は睡眠を止める事は無く。
こうして、部屋には魔王と俺だけが取り残されたんだ。
「……やられっぱなしもムカつくし。
今のうちに少し、仕返しでもしておこうかしら」
それから少しして、魔王がぼそりと呟いた。
何を言ったのかはよく聞き取れなかったが、まだ彼女は俺の枕元に立っているらしい。
それにしても、コイツがあんな事を思っていたとは想像もしていなかった。
……悪い事をしているのではないけれど、でも。
いつも世話になっていたはずの魔王を気付かぬうちに傷つけてしまっていたのは俺だ。そこだけは俺が全部悪い。
だからまあ、謝っておこうか。
いや、何もしてないのに謝るってのも変だな……じゃあ少なくとも、これだけは伝えておこう。
そう思い立ち、俺は睡眠を止め覚醒する事にした。
「…………もしバレても、謝らないからね。
私を不安にばかりさせる、アンタが悪いんだから……」
また魔王が何か言ったような気がしたけど……まあ良い、どうせ今から面と向かって話をするんだから。
俺は目を開けた……すると。
顔からほんの数センチ離れた場所に、魔王の顔があった。
そうしている間にも彼女は顔を近付けて来る。
唇を尖らせ、目を細め、顔は赤く染まっている……それはまるで、キス顔のようだった。いや、キス顔そのものだ。
でも一体、どういうつもりなんだろう?
眠っている俺へのイタズラだろうか?……魔物達にとってのイタズラって、変わってるんだなぁ。
とは思いつつも、俺は魔王に言った。
「何してんの?」
「ひゃあ!?あ、ああ、アンタ起きてたの!?」
「うん。てかぶっちゃけ言うと、最初にブラックドラゴン君が入って来た時にはもう起きてたんだよね。目を閉じてたってだけで。
いや、一応眠ろうとはしてたんだけどさ、一度周りが気になり始めるとなかなか寝付けなくってね……」
「ソレがっつり最初からってコトじゃない!?」
俺の覚醒を知ると、かなりのオーバーリアクションで魔王は慌て始めた……尖った唇は引っ込み、目は見開かれたが、顔だけは真っ赤なままだ。
いや、みるみるうちにもっと赤くなってきた。
まあ悪戯がバレると誰でもそうなるよね。
けどそれにしちゃあリアクションがデカ過ぎるけど……まあ良いや。
「って事はさっきブラックドラゴンとした話も全部聞いて……!?そ、そんな……
いや、ちょっと待った。
じゃあアンタ、さっきの寝言はどういう……きゃ!?
え!?な、ななな何よ!?何なのよ!?」
という事で、俺は魔王の両肩を掴んで言葉を遮り、続けてこう言う。
「魔王!!」
「だから何!?」
「俺……わざとじゃないけど、何だか君に寂しい思いをさせちゃってたみたいだね……でもさ、これだけは覚えておいて欲しい。
俺は魔王がどうでも良いなんて思った事は一度も無いからさ!!むしろ俺にとって魔王は大切な存在なんだよ!!」
「え……えぇええええ!?
そ、そそそ!!それってどういう……!?」
「どういう?そうだなぁ……例えば。
沢山の人に追いかけられたり、サインを求められたりしない快適な居場所を魔王は提供してくれるでしょ?
それに、出してくれる紅茶も美味しいし。ケーキもそうだし。
あと、トロール君とブラックドラゴン君は優しくてとっても良い奴で、でもこれはその上司みたいな存在である魔王のお陰かも……とか思ったりしてるから、かな?
……って、魔王?どうしたの?熱でもあるの?ねえ、俺の声聞こえてる?」
でも、せっかくちゃんと伝えたのに。
魔王の顔が本気で心配になるくらい、赤くなってきちゃって……彼女はもう、俺の話も殆ど耳に入ってないんじゃないかっていうような状態になってしまったんだ。何故かは分からないけど。
「わ、私が……大切……そ、それはつまり……」
そんな魔王はとうとう力までもが抜け始めたようで、お次は念仏のように、何かブツブツと唱えながら俺に倒れ掛かって来た。
「おっと!魔王、大丈夫?」
「好きって……コト……よね……?」
「ねえ、本当に大丈夫!?」
だから抱き留めたんだけど、ブツブツは止まらない。
彼女の顔はもう真っ赤の二段階くらい上のレベルで赤く。心臓はバクバクと激しく動き続けている。
……コレ、マジでヤバくない!?
新手の病気か何か?それともウィルス?
そんな事は無いだろうけど、まさか呪い?
もうワケが分からず、流石に焦り始めた俺は。
「魔王様、遅くなってしまい申し訳ありません。
城の中で迷子になっていたピアンテ様をお連れしました……」
「え、えへへ……ごめんなさい!このお城かなり広くて、迷っちゃいました!」
「いや良い!むしろナイスタイミング!地獄に仏だ!ねえ二人共、ちょっと魔王の様子がおかしいから助けて欲しいんだけど!?」
丁度やって来たピアンテとブラックドラゴン君に助けを求めたんだ……
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