──.edis
これは、いつかあった昔の話。
星々と闇が広がる世界に、一人の幼い少女がいた。
彼女がいる空間は、既存の物理法則の埒外。
上下左右の概念がなく、人が立つ位置こそ大地で、見上げた先が大空だ。
さながら宇宙の縮図であり、そんな人知を超越した世界にいる少女も、言わずもがなの存在だろう。
そんな彼女は世界の中心でモデル座りをし、淑やかな態度でとある二人に目を向けていた。
虹彩異色の吸血鬼、月代紅音。
黒衣の仙人、仙界シノブ。
この二人を認めるのは、深淵の紫色をした少女の瞳。
隈を作り半目で開かれた目は、不機嫌にも寝不足にも取れ、宿した感情を読める者はいない。
その彼女が二人に対して口を開くと、発した言葉は目元とはかけ離れていた。
「地下に広がる無窮の迷宮。アレは生きてると私は思うよ」
この世界の主である少女──花宵アザミが触れたのは、突如として出現した未知の地下迷宮。
地下迷宮は生物的な側面を持つと言及する彼女だが、どうしてそんな話をしているかというと、大した理由はなかった。
知人である紅音とシノブが訪ねてきて、知見を聞きに来た。
なので私はこう思うと答えている。
それぐらいの扱いで話を続けるアザミは、口を動かしながらも、意思一つで世界に散らばる調度品を操っていく。
「同じ気配がする。ようは私に似てるね、あの迷宮」
手際よく接客をこなしていく、アザミの私物たち。
客人の好みに合わせて空間を作り替え、飲み物とお茶請けを用意する彼らの主は、一見だけでは威厳が足りない容姿をだった。
青バラの髪飾りに赤い宝石のブローチで彩った、黒と紫のサスペンダースカート姿は、身分と育ちの良さが見て取れる。
だが、右目を隠す紫のロングヘアと、百四十にも満たない背丈は、美人さを演出する顔立ちを合わせても愛らしさが同居していた。
こんな少女が、本当に強大な力を持っているのか?
そのような疑問を抱かせる外見をしているが、未知の迷宮と同類だということが事実なのであれば、それは些細なこと。
だからこそ紅音とシノブは気負い過ぎず、いつもの態度でアザミの話に乗っていく。
「てことはケモナーか」
「長く居たり、奥まで行けばいくほどケモになるのかのう」
「なにそれ、ちょっと行ってくる。……じゃなくて、こういう風に空間とかを好きにできるんじゃないかってこと」
「ああ、そっちね。──まあ、だろうなって感じだな。迷路の形が変わるのなんてザラだし」
「地図が作れんから、紅音ちゃんがよく迷うのじゃ」
三人が談笑する中で、実演するように忙しなく動く調度品たちは、客人の二人に至れり尽くせりの対応をしていく。
無い物は生みだされ、有る物は滅私奉公する。
これと同じ事象が地下迷宮にも起きているとしたら、人になす術もない。
地下迷宮の意思の下。
基準不明の幸不幸が飛び交う世界だと、誰もが想像できる。
「だから私からは何も言えない。というか、言ってもどうにもなんない」
「そうでもないさ。アザミちゃんと同類なら気分が違う」
「じゃのう。もしかすると、シノブさまみたいな迷宮かもしれんからの」
「なら今頃は酒池肉林だよ、紅音」
何でもあり、対応策はなし。
それが分かっただけでも収穫だと、お気楽に別れを告げた紅音とシノブは、世界の星々に紛れるように姿を消した。
残ったのは果てまで続く宇宙と、たった一人の少女だけ。
接客を終えた調度品たちは暇をもらい、フウと一息ついたアザミは、そっと目を閉じて思考を巡らせる。
地下迷宮は自分と同種、もしくは近縁種だと二人には話した。
しかし一番の問題は自分と同じように、明確な個があるかどうかだ。
アザミは趣向の一つとして、人の形を取っている。
他人との交流もそれに含まれ、すなわち人に好意的で、歩み寄る意思があるからこその行動だ。
だが一つでも要素を違えたとしたら、待っているのは不幸だけ。
「……さて。どうしようか」
再び開かれたアザミの目は、深淵の先にまで到達していた。
瞳に宿すのは狂気が踊る緑の炎。
それに合わせてアザミの様相も変わり、幼い少女という個に世界が溶けていく。
全身を描くのは森羅万象の星界。
それを黒影の衣装で身を包み、背後からは大海原色の異形の尻尾が顔を見せる。
青バラの髪飾りは同色の瞳孔となり、長い髪は生を受けて明暗の宇宙とともに揺蕩う。
──人の世界より外の存在。異形の神。
理性を謳う人と本能に従う獣を愛する彼女は、ニコリと口元に弧を描く。
「もしもの時は、呑んじゃおうかな」
一等星の輝きで青く染まったアザミの口内は、人ではない獣の牙が生えそろう。
この世界は彼女の自身。
星々の全てが、獣欲に満ちた少女のウチ。
ここの一つとなるかどうかは、アナタ次第だ。
そう告げるように舌なめずりをするアザミは、自身の理外にある違う世界に意識を向けた。
下へ下へと続く無限迷宮。私はアナタをずっと見ている。
だから、お好きに進んでいきなさい。
フルートの旋律が聞こえる、夢幻に繋がる深淵にたどり着くまで。
そしてたどり着いた、その先で──
<feat.>
・花宵アザミ(@V_azami8741)さま
・月代紅音(@Akanoneiro)さま
・仙界シノブ(@senkaishinobu)さま