side.栗生葵
従兄の九青くんに背負われながら、私はみんなの背中を見ていた。
私たち従兄妹が連れて来られた大きな部屋から出て、ほんの少し。
この世界の事情は聞いた。みんなのことも聞いて、私たちのことも聞いてもらって。
でもやっぱり私からすると、前を歩く四人はどこか遠くの人たちだ。
頭では彼らのことを分かっても、心が吸い寄せられるのは、いま私の体を預けている九青くんだけ。
──九青くん。こんなに背中、大きかったっけ?
私をおぶって懸命に歩く従兄のことをふと思い、ほんの少しだけしがみ付く力を、キュッと強めてしまうのは何故だろう。
私は幼い妹なんかじゃない。だからこそ、彼にあからさまな甘えを見せるのは恥ずかしい。
なので気づかれないように、口をつぐんだまま体を感情の通りに動かしていたのだが、コッソリとキツネ耳のミツネが私のそばまで寄ってきた。
「栗生様、どこか体調が優れませんか?」
私と九青くんだけに聞こえるようにした、控え目な声。
ミツネさんは私の体調不良を気にする素振りで声をかけてきたが、おそらく別のことだと感づいて小声で話しかけてきたのだろう。
少し前の戦いのときにだって、一番に全体を見ていたのはミツネさんだ。
怪我や病気ならすぐ全員に伝えるだろうけれど、個人的なことだと踏んでいるんだと思う。
図星だ。
でも九青くんの前で堂々と言う度胸はなく、私は慌てて首を振った。
「うっ、ううん! ちょっと揺れるからしがみ付いてたというか。……もう、九青くん! もっとしっかり歩いてよ」
「おぶれって言ったの、お前だろ。降ろすぞ」
「ダメ。しっかり私の乗り物になってください」
「落とす」
九青くんの背中で安心を得たい。
その心は否定しないが、歩かずに自分が楽をしたいという目的も否定しない。
だからこそ落ち着けるところに到着するまでは、九青くんに頑張ってもらおうと思ったのに。
──無慈悲な彼の一言とともに、私は重力に誘われた。
九青くんの腕はパッと離され、支えを失った私の体は、受け身をとる間もなく硬い迷宮の床へ。
身構えずにお尻を打った私に襲いかかるのは、地味な痛み。
立てない訳じゃないけれど、ちょっと涙目になりそうな痛みを覚えた私は、服の汚れを叩いて払いながら抗議のために立ち上がった。
「ちょっと九青くん、なんで手ぇ離しちゃうの。めっちゃ痛かったんだけど」
「その様子なら大丈夫だな。ほら、さっさと歩け」
「ぶぅぶぅー。従妹に対してひどいぞ、九青竜ぅー!」
ひとまずは大丈夫そうだと、従兄妹喧嘩を始めそうな私たちを見て、ミツネは何も言わずに元の場所へ戻っていく。
そんな事は一旦置いて、私は九青くんの周りをウロウロして騒いでみるも、彼は抗議を無視してスタスタと進んで行ってしまう。
これはもう楽はできそうにない。
そんな空気感を読み取った私は、詰まらなさと惜しさを半々にした気持ちを抱え、口をとがらせ半目の状態で従兄の背中を見続ける。
こんな時こそ、多少の甘やかしぐらい良いじゃん。
でも自分で立って歩けるのなら、そうした方が良いよね。
二つの嘘じゃない思いがあるからこそ、きっと私はこんな拗ねてるみたいな反応で済ませられている。
「──……んっ?」
そんなこんなで結局は自分で歩くことになった私だが、分かれ道──T字路に差しかかったところで、サッと何かが通りすぎたのを見かけた。
右から左へ。
ウサギのようにピョンピョコと、しかし走る姿は二足の鳥。
それは翼を広げずに地面を駆ける、奇怪な黒い鳥。
魔法とかゾンビとかがある世界だ。
この迷宮に住んでいる生き物なのだろうと思い、あれはどんな生物なのかを聞こうとしたが、他のみんなの反応は違った。
「ねえ、今の鳥って大丈夫なやつ?」
「鳥? いま何か居たか、ミツネ」
「いえ、私は見ておりません。他の方々は如何ですか」
「僕も見てないな」
「私も」
ウサギを真似た黒い鳥を見たのは、まさかの私だけだった。
私の様子がおかしいと、怪訝な顔をこちらに向けてくる九青くんだったが、こちらの世界の住人である他の四人は違う。
お互いに顔を見合わせて、私の言う方向を確認すると、少しだけ空気をピリつかせる。
一番後ろにいた私にだけ見える、全員が知らない何か。
十中八九、危険が及ぶ異変であることは間違いない。
ただ黙々と通路を歩いている時とは違う、集中した時の鋭く冷たい沈黙。
私たちの視線が分かれ道に集まる中、また私にだけ、皆とは違うものが視界に映る。
「うそ、私がいる……」
左へ進む道から姿を覗かせたのは、戻ってきた黒い鳥ではない。
悪意に満ちた目と攻撃的な態度をした、左右逆の髪飾りをつける鏡写しの私。
挑発するようにほくそ笑み、追って来いとばかりに背を向ける彼女。
それに釣られて、思わず私は感情のままに一歩目を踏み出した。
「待て、この偽物!」
九青くんの隣をすり抜け、捕まえようと逃げる彼女へ私は手を伸ばす。
しかし伸ばした手とは裏腹に、前へ進むはずだった体は踏み込んだ足の方向、下へと落ちていく。
──それは通路一本を使った落とし穴。
両開きの扉みたいに中央から一筋、下へと続く穴ができたことへ、この場にいた全員が反応することができなかった。
いや、反応できたとしても抗えない。
そういう罠なのか。罠だと気がついた途端に全身が鉛のように重くなり、底の見えない暗闇に捕まってしまう。
「葵ッ!」
落ちた先にある黒は、やがて視界いっぱいに広がる。
最後に聞こえたのは九青くんの私を呼ぶ声。
噓みたいに焦っている従兄の声は、私の知っているものなのかな。
ウサギみたいな鳥を追いかけて穴に落ちた私は、嘘と本当の区別がつかない思いを、どこかへこぼれ落とす。
<feat.>
・栗生 葵(@9ryuaoi_V)さま
・九青 竜(@9jouryu_V)さま
・仙界シノブ(@senkaishinobu)さま
・飴咲 使恋(@amesaki_siren)さま