side.仙界シノブ - 2
魔法陣から呼び出されたのは、少なくとも敵ではなさそうな人物たち。
──いや、どこからどう見ても、ただの男女二人組だ。
害意の少ない黒い瞳に、癖のついた黒髪。共通の髪留めは赤いバツ印。
性別による差はあっても、似た雰囲気を持った二人は、きっと兄妹かなにかだろう。
両者ともにラフなパーカー姿で、鍛えた部分の見当たらない体つきは、平和な日常を過ごしてきた証。
無警戒に座ったまま呆然としているのも、それを由来とした抜けている一面だ。
彼らは正真正銘の一般人で、確かめることすらいらない。
「どこだ、ここ。何で葵もいるんだ」
「それ言いたいのは私の方だよ、九青くん。もう、どこなんここ」
「パソコンつけたら画面が光って、そしたらここにって……。自分で言ってて意味分かんねえ」
「それ私もだよ。九青くんもなの?」
「も、って……」
訳分かんねえ。
そう言って頭を抱える男性と、同じ疑問を抱いているも、不安の方を大きく見せている女性。
言動からしても間違いない。
どこからか──それこそ、この世界ではない別の場所から召喚された可能性のある二人を見て、私たちはとにかく接触を図ることにした。
ただし……別件を片付けてからだけど。
「話しているとこ悪いけど、そこから動かないでね」
「そうそう、あぶないよ」
「えっはぁっ? おい、待てよ。動くなってどういうことだ。お前らは誰で、ここどこなんだよ。日本じゃないのか」
混乱したまま動けない二人を背にして、私と使恋ちゃんは閉じられた扉に体を向ける。
状況が分からない彼らに説明をしてあげたいのは山々だが、そうは言ってられない。
例え黒の和装をした少年と、独りでに動く女性の人形という、怪しまれる組み合わせだったとしても。
今はこの場を切り抜けなければ、彼らの話に耳を傾けることすらできないから。
「そうだよ。ここは、この迷宮はね。──キミたちの知る世界じゃない」
私がそう告げると同時に、閉じられた扉が打ち破られた。
続々と部屋に侵入を果たすゾンビたち。その光景は後ろの二人から言葉を奪い、より一層の混乱を引き起こす。
けれど使恋ちゃんも私も余裕を崩さず、本来なら魔法陣で召喚された敵に向けるはずだった矛先を変え、ゾンビの群れに敵意を突き付ける。
「でも大丈夫。キミたちには、ええっと……。名前、教えてくれるかな」
「……僕は、九青……竜」
「えっと。栗生、葵です」
男性が九青竜、女性が栗生葵。
身構える様子も実に兄妹的で、きっと仲が良いのだろう。
「竜くん、葵ちゃん。ここにはね──」
「私とシノブさんがいるから、へいきだよ」
私と使恋ちゃんの言いきりを合図にして、握った札を私は左右に一枚ずつ放った。
札の内容は式神召喚。
命令を受けた札は光を放ち、霞へと姿を変えながら、私の根源である仙人の世界へ道を繋げる。
発生した霞から影が浮かび、私の両サイドに彼らは膝をついて現れた。
どちらも人の容姿をしているが、別の面影を残す化生の類。
片やキツネの名残りを見せ、冷淡な空気をまとう傾国の美人。
片や見慣れない角を頭に生やし、頬には鱗のような模様。そして武具を携え、口元には一線を描いた抜き身の刀身のような人物。
──この二人こそ、私が重用している式神たちだ。
「ミツネ、トモエ。出番だよ」
「畏まりました、シノブ様」
「……ん」
仙狐のミツネ、蛟のトモエ。
両者は私からの細かな指示がなくとも、呼び出された時点で状況を掴むために動いていた。
ミツネは跪きながらも、耳と目を以って全体の様子を理解し。
トモエは真っ直ぐ敵意に満ちたゾンビへ睨みを聞かせ、今か今かと得物に手を預けている。
そんな二人の返事は、よく性格が出ている。
外見的には他人からの命令なんて嫌いそうなミツネは、素直に了承の言葉を口にして。
物静かそうなトモエは、見た目通りに私の言に黙って頷くだけ。
「使恋ちゃん」
「こっちもじゅんび、できたよ」
式神たちを呼び出して、私の準備は万端。
一応の確認として使恋ちゃんに目くばせすると、彼女も相応の姿となって、戦えない竜くんと葵ちゃんの前にたたずんでいた。
使恋ちゃんは五十センチの動く人形。
その体格と同等の大きさを持った剣を、彼女はたやすく握るも、その形状は独特だ。
大きなハサミの意匠の大剣に、服装に合わせた黒白の配色は、より彼女自身のゴシック然としたデザインを際立たせる。
「それじゃあ三人とも。──蹂躙の時間だ」
紅音と影斗から、竜くんと葵ちゃんに。
前を歩いていた二人の姿は今はなく、代わりに背負うのは非力な二人。
だとしても、問題はまったくない。
ゾンビ程度に私たちの切り札は必要ないから。
<feat.>
・仙界シノブ(@senkaishinobu)さま
・飴咲 使恋(@amesaki_siren)さま
・九青 竜(@9jouryu_V)さま
・栗生 葵(@9ryuaoi_V)さま