side.月代紅音 - 2
「またミミックに食べられたんだ、紅音ちゃん」
「そうなのじゃ。今度こそは行けると思ったんじゃが」
わたしを含めて、二人の女性の声を受け入れる不思議な部屋。
和洋折衷。
そう例えてしまえば終わってしまう一部屋だが、細部を見るとあまりにも統一感を損なった内装は、その一言だけでは足りないだろう。
履き物を推奨しない綺麗な床。全体のインテリアは、赤や黒白を基調としたゴシック系の物を採用しているも、全体的なテーマは見当たらない。
一方を向けば童話的、もう一方は和洋の物品が入り乱れ、ふと見ると刀なんかが飾られたりもする。
シャンデリアなんかは大いに目立つも、一度目にしてしまうと障子が気になってしまう。
そんな空間でぐたりとソファに寝転がるわたしは、溶けたスライムのごとく柔らかなクッション部分と融合していた。
「まずは調べようよ」
「いやいや、使恋ちゃん。ほらこう、あれじゃよ。宝箱があったらこうー……。開けるじゃろ」
「なんかそれ、前にも聞いたような」
「気のせいじゃろ」
「そうかなー」
赤と青の点がついた何かに融解したわたしと話すのは、少し離れた場所で椅子に腰かける一人の人形。
少女の姿をしたその人形は、誰かに操られる訳でもなく独りでに動いていた。
彼女は使恋ちゃんこと、飴咲使恋。
青みを持った長い白髪に、サファイアを思わせる青の瞳。
ゴシック調の黒白の衣装と、大人のネコ──五十センチほどの身長は、この混沌とした部屋に違和感少なく馴染んでいる。
そんな彼女は、目の前のテーブルに広げられたお菓子の満漢全席から、皿一杯に盛られた飴玉をつまみながらも、わたしと会話のキャッチボールを繋げていく。
「それでなにか手に入ったの?」
「何にもなのじゃ。良いものとか、ぐわぁーとした凄くすごい物がぁいらぁれるうぅん……。うん!」
「あきらめないでー、紅音ちゃーん」
「とにかく疲れたのじゃー」
実感を口に出すと、わたしの体は際限なく伸びていく。
どれだけの時間、ミミックに食べられていたのかは分からないけれど、相当の疲労が肉体の液状化を促進させて、起き上がる気力すらも手足の先端に追いやられる。
もうソファに座れないし、口も回らないし、頭と体はドロドロだ。
心地よいソファの感触を一秒でも長く身に受ける度に、わたしの心は眠気を食い気味に捕まえていた。
使恋ちゃんの声も次第に遠くなっている気もするし、まぶたは重く閉じかかっている。
このまま使恋ちゃんの落ち着く声を聞きながら、欲望に身を任せた寝てしまおう。
そんな一世一代でもない思い切りを実行しようとした時、彼は勢いよく障子を開け放った。
「それはコッチのセリフだぞ、紅音。ミミックから助けるの、これで何回目だ」
「ぶっ……! けほっ、けほっ」
現れたのはミミックに食われたわたしを助けてくれた、シノブさまその人。
しかしその姿に問題があり、視界に入れてしまったわたしは吹き出してしまった。
──それは、いつもの和装を中途半端に着た、上半身をはだけさせたラフすぎる格好。
つまりは上半身裸、半裸だった。
「まあ、色んな引っかかり方するから飽きはしないけど」
シノブさまの続く話は、わたしの耳には入ってこなかった。
なぜならば覚醒した脳と目は、彼の一々を焼きつけるのに忙しいからだ
お風呂から上がったばかりだと分かる上気した肌に、黒髪を伝いしたたる水滴。
普段と打って変わった裸眼の顔は、また一味違う美人の表情を作り。
顔立ちと身長から幼さを彷彿とさせる体つきは、いざ実態を目の当たりにすると余分少なく完成されていた。
美少年、いや魔少年と称するに相応しいシノブさまだが、先にお風呂から上がって火照りはもう消えたはずのわたしの赤さを気にせず、怪しい笑みを浮かべていく。
「今回も良い眺めだったよ、紅音」
「……ん? 待つのじゃ、シノブさま。紅音ちゃんを見つけて、すぐに助けてくれたんじゃよな」
「いや、しばらく見てたよ。お尻だけ出して、ミミックと一緒に暴れてるのを。ホントはもっと見てたかったんだけど」
「放置されてたのじゃ!?」
「まあ流石に、このままは不味いかって思って助けたよ。……ちょっと惜しい気もするけど」
「いたならもっと早く助けて欲しかったのじゃ、シノブさま」
最後の一言は聞こえなかったが、わたしは肩を落としながらも、ミミックから救われた時の状況を把握した。
わたしが宝箱のある部屋に吸い込まれた後、シノブさまはすぐに見つけてくれていた。
けれども中途半端に引っかかっていたわたしを、しばらくの間、放置して観賞。
ただそのままは駄目だと気がついたシノブさまは、考えた末に助けてくれたという顛末らしい。
あの時の一部始終は理解できた。
だがその問題は過ぎたことで、今は別のことで目を泳がせて困り果てていた。
それはわたしに限った話ではなく、まったりと飴を舐めている使恋ちゃんもだった。
「あの、シノブさん。そろそろ服、着ない?」
「おっと。ゴメンよ、使恋ちゃん」
使恋ちゃんからの指摘が入って、ようやくシノブさまは服装の乱れを直していく。
そして眼鏡をかけて身だしなみを整え終わった彼は、何かを思い出したのか、首を振って室内を探す素振りを見せる。
それを見てわたしも同様のことに思い当たり、ソファから起き上がりつつ軽く見渡して、その姿を確認できなかったから使恋ちゃんに投げかけた。
「ところで、影やんどこいったのじゃ?」
「私たちが帰って来た時はいたよな」
「もう先にいったよ」
「早っ。マジかー、追いつかないとな」
ここにはいない、四人目の影。
それは既に部屋を発った後で、本来ならばこうしてのんびりとしている暇ではない。
だからこそ気を張り直したシノブさまは、テキパキと出発の準備を進めていった。
「んじゃ、とっとと行きますか。──紅音、行ける?」
「行くしかないのじゃろう。しょうがないのじゃ」
扉に向かうシノブさまの背中に、わたしはゆらりと立ち上げりながら続き。
「使恋ちゃんは?」
「だいじょうぶ。ちょうど、飴も舐め終わった」
シノブさまの問いかけに、使恋ちゃんはコクンと頷いて椅子から降りていく。
「なら行こうか。迷宮のその先へ」
そしてシノブさまを先頭にして、わたしたちはくつわを並べた。
彼が手にかける扉の先にあるのは、あのミミックをはじめとして、無数の未知が存在する不可思議な世界。
そんな危険と隣り合わせの非常識の中を先駆けている、一つの影を追うために。
わたしたちは一歩踏み出して、強く扉を開け放った。
<feat.>
・月代 紅音(@Akanoneiro)さま
・仙界シノブ(@senkaishinobu)さま
・飴咲 使恋(@amesaki_siren)さま