94話:悪戯心が芽生え……です!
離れには、どうやらこの農園で働く使用人が住んでいるようだ。
午前中のこの時間、皆、することがあるから建物内は空っぽに近い。
忍び込んだが、誰もいなかった。
いないと言えば、校長はこの離れの中に入っていたはずなのに、その姿がない。
使用人の個人部屋にはいないだろうと、応接室や居間、ダイニングルームを探ったが、そこにもいない。ただ、厨房には沢山の人が慌ただしく動いている。私が学園関係者として声をかけると、この後、生徒たちへ出す昼食の用意をしているとのこと。
天気もいいので、屋外に席を用意し、そこで生徒たちは昼食を摂ることになっていた。母屋よりも離れの方が、その昼食会場に近い。つまり離れで昼食の準備をしているとのことだった。
それはよく分かったが、その厨房にも校長の姿はない。
「ジェラルド、離れに行ったと思ったのだけど、見間違えだったのかしら?」
「それはないだろう。確かに離れへ入って行った。だが使用人の個人の部屋に……行った可能性もゼロではないな」
「まさか恋仲の使用人がいて、こっそり会いに行った、とか……?」
これにはジェラルドは「どうだろう」と首を傾げ、こんなことを言う。
「その可能性はゼロとは言わないが、あの校長、自分が元は平民だったことを忘れているようだ。貴族とばかり付き合い、平民とはほとんど交流がないと聞いているが」
そうなるとどこへ行ったのか。
「! キャサリン、こちらへ」
農園の中の離れと言えど、不用意にうろうろしていると怪しまれる。
レストルームを借りた、という言い訳は一応考えているが、ここに忍び込んだことはあまり知られたくない。
そこでジェラルドに手を引かれ、隠れることになったのは……。
地下へ降りて行く階段。
階段の途中まで降りることで、廊下からすっかり私とジェラルドの姿は見えない状態になっていた。
「そう言えば、地下は見ていませんね」
「そうだな。……降りてみるか」
地下に続く階段を降りると、意外にも廊下に明かりがついている。
つまり地下に誰か降り、そしてまだここにいるのではないか。
そこで様子を探ると、扉の下の隙間から明かりが漏れている部屋があった。
地下の廊下なので、明かりが煌々とついているわけではない。
ゆえに扉の下の隙間の明かりに気が付くことができた。
ジェラルドと目で会話をする。
――「ここにいるように思える」
――「そうですね」
この世界、母屋の立派な建物であれば、扉は分厚くしっかりしている。
でも使用人が寝泊まりで使う離れは、薄い木製の扉。
耳を押し当てると、中の声が聞こえた。
地下であるし、自分たち以外、誰もいないと踏んでいるからだろう。
声を潜めることなく会話しているので、バッチリ聞こえてしまった。
「夏の分の収穫は終わった。用意はできている。見ての通りな」
「ならばいつも通り、カフェテリアで仕入れよう」
「分かった。ではいつも通りな」
「ああ、頼んだ」
会話が終わり、部屋から出てくるのでは!?となる。
慌ててすぐそばの扉を開け、中へ身を潜ませる。
どうやら貯蔵庫のようだ。
ジェラルドと二人、息を潜めている。
すると。
悪戯心が芽生えたジェラルドが、首筋にキスをする。
くすぐったいのと甘美な痺れが足元から押し寄せ、大変な状態に!
バタンと扉の閉まる音が聞こえ、ざわざわとした感じの会話が聞こえる。
その声は遠ざかり、物音もしなくなった。
同時に。
廊下の明かりも消されたようで、完全に暗い状態になってしまった。
「キャサリン、このままここで」
「ダメですよ、絶対に」
手探りでドアノブを掴み、扉を開けると、地上へ続く階段の明かりがわずかに届いている。
「ジェラルド、先ほど聞こえた会話、特に怪しいところは……」
「ないな。農園で収穫した野菜や果物を学園のカフェテリアが仕入れている……ということなのだろう。もし怪しいところがあるとすれば、通常は入札制なのに、身内で融通を計っている可能性だが……。そんなことをしていればとっくにバレているだろう。きっと正しく入札し、適正価格で取引していると思うが……」
さっきまでワイルドで艶めいたことをしていたのに。今のジェラルドは、キリッとしたいつものデキる公爵様だ。そしてこう続ける。