86話:あくまで伝統衣装です!
庭園を満喫した後、部屋に案内された。
そこはなんともエキゾチックな雰囲気!
天蓋付きベッドがあるのだけど、普段、私達が使うものと違う。
どちらかというと蚊よけ対策のためのようだ。
天井に吊るされた輪に、薄く透き通るようなシルクの布が、ベッドを覆うように垂らされている。
シルバーのタッセルも飾られ、ゴージャス!
さらにサンダルウッドの香りが香炉からしており、室内に吊るされているランプといい、アラビアンナイトな雰囲気。
丸いクッションのファブリックはシルクで、そこにあしらわれている刺繍の幾何学模様も、やはりオリエンタル。
西洋世界からいきなり異国情緒あふれる世界に迷い込んだようで、テンションが上がってしまう。
「夜の歓迎舞踏会まで時間がある。ハッサーク国の衣装を見に行ってみるか?」
ジェラルドの提案で、皆でスークと呼ばれる市場に向かうことに。
ブルースがスークについて詳しいので、案内してもらうと、さすが綿花の産出国。
生地専門店からオーダーメイドのお店、既製品のお店まで、衣類関係のお店が特に充実している。
「マダム、あなたのようにスタイルのいい女性は、我が国の伝統衣装が絶対にお似合いになります! ぜひ、試着してみてくださいませ。もしピッタリでしたらプレゼントいたします。お店のロゴマークがあしらわれているので、着ていただけるだけでもお店の宣伝になりますから!」
通りで一番豪華で大きなお店の店主が、わざわざ外に出てきて、声をかけてくれた。
では試してみますか、ということで試着に挑戦することにしたのだけど……。
「!」
渡された衣装を確認すると、着丈の短いパフスリーブのような上衣に、スリットが深いロングスカート!
これはリアーニャ第二王女が着ていたような露出多めの衣装では!?
「は、恥ずかしくて着れません!」
「我が国の伝統衣装が恥ずかしいのですか!?」
ショックを受ける店主に慌てて否定する。
「失礼しました! これは伝統衣装ですよね! 試着させていただきます!」
異文化を否定するような発言はダメよ、キャサリン!
それに前世を思い出せば、これぐらいの衣装、問題なしのはず。
レーモン王国の文化にすっかり馴染んでしまい、足を見せるなんて裸を見せるのと同じ!という感覚になっているけれど……。
前世でミニスカートにブーツというスタイルに挑戦したことだってある。
ビキニタイプの水着を着たこともあるのだから。
大丈夫!
そこで勢いで着替えて見たものの……。
こ、これは……。
前世の経験を以てしても、ろ、露出が多いと思う。
試着室から出られないわ!
「ジェラルド……」
これはジェラルド以外には見せられないと、試着室の扉を細く開け、最愛の名をか細い声で呼ぶ。
まさに蚊の羽音のような小さな声だったが、ジェラルドは聞き逃さない!
さすが、公爵様!
すぐに駆け寄ってくれたジェラルドに、モジモジしながら「伝統衣装だから、着て欲しいと言われたけれど、は……破廉恥ですよね」と言うと。
ジェラルドは自身の体で扉の隙間を隠すようにして、試着室へ身を滑りこませる。
最愛の視線が、露出の多いこの衣装を着る自分に注がれていると思うと、猛烈に恥ずかしくなってしまう。
するとジェラルドは、フッと口元に笑みを浮かべる。
「キャサリン。その衣装はリアーニャ第二王女だって着ていたものだ。破廉恥などと言ったら、失礼だろう?」
「! そ、そうですよね」
そこでジェラルドは扉を細く開ける。
「店長!」
「何でしょうか、旦那様」
「この衣装は間違いなく、我が妻に似合っている」
ジェラルドが扉を塞ぐように立っているので、店主は私の全身を見ることはできない。
だがチラッと私を見て、店主はニコニコと応じる。
「ええ、ピッタリでお似合いでございます。奥様は大変素敵なスタイルをされていますから、我が国の伝統衣装が栄えます。もちろん、こちらはプレゼントさせていただきます。ぜひこのまま着てお帰りくださいませ」
店主は笑顔でジェラルドを見た。
が!
「いや。今、妻が試着している衣装は、支払いをする。これと同じ衣装をあと三十着程、用意するように」
「へ? あ、はい。勿論でございます!」
店主は大喜びで、店員に衣装を用意するよう伝える。
「え、えーと、ジェラルド、そんなに購入してどうするのかしら? ハッサーク国滞在中は、まさかこの伝統衣装で毎日過ごすの、私……?」
「毎日。そうだな。だが厳密には毎晩だ。この衣装は入浴を終えた後に着るように」
「……?」
ジェラルドが試着室に入ってきて、グイッと腰を抱き寄せる。
そして胸の谷間に口づけしながらささやく。
「伝統衣装だが、こんなに露出があるなんてけしからん。わたし以外の男に見せるつもりはない」
そう言うとジェラルドの手が、スリットで露出されている太ももを、つうっと撫でる。
声が出そうになるのを抑えながらジェラルドの意図を理解し、全身が瞬時に熱くなってしまう。
「ハッサーク国滞在中の楽しみができた」
「もう、ジェラルドったら!」
「衣装に合わせた宝飾品も買って帰ろう。店内のマネキンを見ると、動く度に音が鳴る小粒の鈴がついた宝飾品……アンクレットやブレスレットが合わせられていた。ベッドの上で、素敵な音色を奏でてくれそうだ」
まだ昼間で外は明るく、そしてここは衣料品店の試着室なのに!
ジェラルドったらなんてことを言うのかしら!
想像したら、心拍数が上がってしまうわ!
私が心臓をバクバクさせている頃。
店内では……。
「き、君もたまにはどうだろう? 室内着、自室限定なら……」
「! そ、そうですわね。い、一着くらい、伝統衣装ですから……」
比較的試着室に近い場所にいたロイター子爵夫妻は、フォード公爵夫妻の大人な会話が聞こえてしまい、新たな世界に目覚めつつあった。
なお、ブルースとミユは、店の入口付近に飾られたベールを見ている。
「透け感のあるこのベール、ミユの髪に飾ったら、きっと綺麗だろうな」
「シルクよね。紗なのかしら? 触り心地もいいわ」
健全な会話をして、ブルースがミユにベールをプレゼントしていたのだった。