82話:ミステリートレインです!
「お客様、大変申し訳ございません。実は……少々問題が起きています」
突然、そう言われ、私達は「はて?」という表情になってしまう。
なぜなら私達の照合は実にスムーズに済んでおり、何かトラブルが起きているようには思えなかったからだ。
一体何が起きているのかと言うと……。
乗客名簿に記載されている乗客の数は178名。
その名簿には乗客の名前、性別、年齢、貴族なら爵位も記載されている。爵位の記載は紋章の確認で必要になるからだ。照合が始まる前、汽車から降りる乗客の数はカウントされている。そのカウントでは確かに178名がいたのだ。ところが照合をしたところ、乗客は177名。いつの間にか一人減っている。
「サディ・フランツ、46歳という女性が見当たらないのです。ですがこのサディという女性は二号車に席をとっており、二段ベッドの二段目が割り当てられています。そして一段目のベッドの女性は、確かにサディを車内で見たというのです。白髪交じりのダークブラウンの髪、青い瞳で眼鏡をかけ、スモークブルーのワンピースを着ていたと」
サディを見た女性に一緒に探してもらった。
だが照合が行われている広場にサディはいないと言うのだ。
これは一体、どういうことなのか。
「サディ・フランツは停車場に着いたと同時に汽車から降り、逃げたのでは?」
ジェラルドの問いにスタッフは、その可能性は低いと答える。
「停車場には沢山の国境警備隊の兵士がいます。彼らの目をすり抜け、逃走するのは難しいと思います。停車場ではなく、汽車の右手に逃げることもできますが、そこは荒野につながっているだけです。装備もなく、逃亡すれば、死亡するだけかと」
「照合はどのようにされたのですか? 皆、汽車から降りた状態で、警備隊の方が一人ずつに声をかけて、ですか?」
「はい。その方法で照合を行いました。さらに車内のどこかにサディ・フランツというお客様がいないか、スタッフがくまなく探しましたが、いませんでした。と申しましても、実はロイヤルスイートの確認はまだですので、拝見させていただいてもよろしいでしょうか? 国賓の皆様を疑うわけではないのですが、勝手に忍び込んだ可能性もありますので……」
そこでジェラルドとロイター子爵がスタッフに立会い、確認することになった。ロイヤルスイートにサディが潜んでいないかを。
ラウンジに残されたロイター子爵夫人、ミユ、私は、この不可思議な現象に頭を悩ますことになる。
乗客名簿にある177名は、確かにこの場にいるのに。サディ・フランツという女性だけがいない。でもサディを車内で目撃した人物はいる。だが車内にも外にもサディの姿はない。一応、ロイヤルスイートを確認しているが、いないだろう。何せ私とジェラルドは先程、ロイヤルスイートに戻り、人がいないことを確認している。
しかし一体、どうしてこんなミステリーな状況になってしまったのかしら……?
しばし考え、でも「あっ」と思いつく。
そこへスタッフの女性とジェラルド、ロイター子爵が戻って来た。
当然だが、ロイヤルスイートにサディはいない。
「あの、もう一度照合をしてみてください。その際、この方法でお願いします」
照合は汽車の外、停車場の広場で行われた。
そして今もまだ、乗客はそこで待機状態。
いくらなんでも二時間以上そこで待たされるのは、苦痛でしかないだろう。
よって照合をして、確認できた者から、汽車の中へ戻ってもらう方法を提案したのだ。
スタッフの女性は私が国賓だったからか、素直にこの方法を列車長に伝えてくれた。そして列車長は国境警備隊の隊長マシエウに報告する。マシエウは私からの提案と分かると、その方法で照合を始めてくれたのだ。
ひとりずつ照合を行い、汽車へ戻って行く。
すると最終的に一人の女性が残ることになった。
ブロンドに青い瞳の若い女性で、二十代前半に見える。
ブルーのワンピース姿だ。
サディ・フランツは46歳。
サディではないと分かる。ではこの女性は誰なのか。
乗客名簿にない人物になる。
なぜ今より前に行った照合で、彼女が浮上しなかったのか。
簡単なことだった。
178名が広場に集められ、順番に照合は行われた。
そこで自身の順番が回って来そうになると、さりげなく移動し、照合が終わった列に並ぶようにしていたのだ。
「お嬢さん、あなたは誰なんですか? 名前と年齢を正直に教えてください」
マシエウ隊長に問われた女性は、観念した表情で名乗った。
「私の名はポコ・シューチャックと申します。年齢は二十歳です」
シューチャック……といえば、シューチャック男爵家の令嬢では?
元は平民だったが海運業で財を成し、爵位を手に入れた一族として知られている。
ただそれも何世代も前の話で、今は貴族として認められているはず。
それなのに今は町娘が着るようなワンピース姿。
どうしてかしら……?
「君は、シューチャック男爵家の令嬢であろう? なぜそのような装いで……。しかも乗客名簿に名前もないということは、無賃乗車ではないか。いかなる理由でそのようなことを?」
ジェラルドが驚きを隠せない様子で尋ねたが、私はハッとしてその理由に気づく。
マダム達のお茶会情報で彼女の名は登場している。
ゴシップの小ネタとして。
確か意に沿わぬ相手との縁談話が進んでおり、彼女はそれに反抗した。
その結果、父親から勘当されそうであると。