81話:優雅に国賓扱いです!
ハッサーク国までは汽車での旅。
車内で一泊し、その間に国境も越えることになる。
今回、ハッサーク国からの国賓扱いで向かうことになるのだ。
よって通常は王族の移動に使われる、ロイヤルスイート車両を備えた汽車を利用できるようになった。
ロイヤルスイート車両とは、一車両一室だけの客室ということ。
この車両にはベッドルーム、バスタブが用意されている。
これを無料で利用できるなんて!
公爵夫人でもこんな贅沢は、そうできることではない。
ミユもその両親も驚いている。
ちなみにモナカ達使用人には、一等客室が割り当てられているのだから……。さすが国賓でのご招待はすごい!
朝一番で汽車に乗り込み、国境の通過は夕食後。
そこで一時停車があり、乗客数や切符の確認がある。
前世のようなパスポートはないので、乗客名簿を使った照合と紋章の確認だ。
ということで早速乗り込んだ後は、ラウンジの専用エリアで過ごすことになる。
ロイヤルスイート利用者のみの席が用意されており、スイーツや紅茶は勿論、昼間からカクテルも楽しめ、バイオリンの生演奏まで堪能できた。
昼食は食堂車へ移動するが、そこもロイヤルスイート専用席が用意されている。
車内で調理された鹿肉のポアレ、サーモンのフリットなどをいただいた。それはここが汽車の中であることを忘れる美味しさ!
午後はまったり、ラウンジで読書をしていたが……。
途中、ジェラルドにロイヤルスイートに戻ろうと言われ、どうしたのかと思ったら!
「夜は二人きりになれても、声を抑えられないだろう?」と言われ、まさかの……!
ディナーに備え、ドレスに着替える時、モナカから「まあ、奥様! こんな場所にキスマークが」と言われ、大変赤面することになる。
それはともかく。
ロイヤルパープルのドレスに着替え、ジェラルドもダークグレーのテールコート姿に。引き締めカラーの暗めの色を着ると、ジェラルドはぐぐっとアダルトになる。つまり大人の男の魅力が増し増し!
ミユはパステルピンクのドレスで、ロイター子爵夫人はアザレ色のドレス、ロイター子爵は黒のテールコートだ。
つまり全員きっちり正装し、食堂車へと向かった。
食堂車は、シャンデリアに加え、各テーブルにロウソクの明かりも灯っている。バイオリンの生演奏も聞こえ、とても賑やか。着席している乗客も皆、正装している。宝飾品もバッチリ着けているので、実に煌びやかだ。
「そうなんです。二号車のレストルームがずっと使用中で困っているんです!」
前菜を食べていると、スタッフに声を荒げている女性がいる。
全部で十両編成で、一号車から二号車は二等客室の車両になっていた。ここは通路の左右が二段ベッドになっており、主に平民の利用が多い。三号車に二等車両専用のラウンジと軽食を用意したバーがある。四号車に当たる食堂車に、二等客室の乗客が姿を現すことは少ないはずだが、今はディナータイム。三号車は混雑しており、そちらのスタッフに相手にしてもらえなかったのだろう。わざわざここまでやってきたようだ。
レストルームがこの時間帯に使えないのは困るだろう。皆、お酒も飲むだろうし。スタッフは「確認します」と応じ、その女性と共に移動していく。
「お待たせいたしました。特製コンソメスープでございます」
「焼き立てパンをお持ちしました」
料理が次々と到着し、歌手による歌声も聞こえてきた。
「ハッピーバースデー!」
近くのテーブルには誕生日の客がいるようだ。
拍手が一斉に起こる。
華やいだ時間が過ぎて行く。
◇
ラウンジに移動し、そこで食後のコーヒーとクッキーを楽しんでいた。
すると黒髪に焦げ茶色の瞳、黒いワンピース姿の女性スタッフがやって来て、声をかけてくれる。
「間もなく、国境を通過です。二時間、汽車は停車となります。駅ではないのですが、停車場にはいくつかの土産物屋、軽食を販売するお店もございます。ロイヤルスイートのお客様から、乗客名簿を使った照合と紋章の確認です。出発までお待ちいただく間、汽車から降りていただいても構いません」
その説明を聞いている間に、少しガクッとなる揺れがあり、振動がなくなった。
走行音も聞こえなくなっている。
「照合のため、汽車から降りればいいのかな?」
ジェラルドが問うとスタッフは首を振る。
「お客様のところまで、国境警備隊が来ますので、このまま着席いただいて構いません」
「使用人たちはどうなる?」
重ねてジェラルドが問うと、スタッフは淀みなく答える。
「ロイヤルスイートの次が、一等客室のお客様の照合です。ただ、汽車から降りての確認となります。既に別のスタッフがご案内しているかと。ご安心くださいませ」
危険物や違法な物が持ち込まれていないか。その車内検査も兼ねている。よってロイヤルスイート以外の乗客は、汽車から下ろすルールとのこと。そしてロイヤルスイートは、ほぼ王族しか利用しないことから、このルールが成立しているらしい。
この答えを聞くに、ロイヤルスイートがいかに優遇されているかが分かる。しかも。
「ハッサーク国、国境警備隊の隊長のマシエウです。トリス国王より、国賓としてお迎えするフォード公爵ご夫妻、ロイター子爵夫妻とそのご令嬢、合計五名がいらっしゃるとお聞きしています。お引止めすることになり、大変恐縮です。紋章の確認をよろしいでしょうか」
大変丁寧なマシエウ隊長により、照合はあっという間に終わる。
すぐにスタッフがお代わりのコーヒーと、トリス国王からの差し入れだというフルーツを運んでくれた。つまり、たった今、停車した際に届けられたフルーツを出してくれたのだ。
「国賓待遇とはすごいですな」
ロイター子爵が逆に恐縮しながらハンカチで汗を拭っている。
早々に照合は終わり、差し入れられたフルーツをいただいている間に、モナカ達の照合も始まっている。勿論、何の問題もないはずだ。
ミユは両親と共に停車場へ降りることになり、従者を連れ、ラウンジから移動。
残されたジェラルドと私は……。
「ジェラルド、ドレスは乱さないように気を付けてくださいね。それにキスマークはダメですから!」
「分かっているよ、キャサリン……」
皆様が汽車から降り、照合の順番待ちをしているのに!
ロイヤルスイートで本日二度目の……♡
そんな感じだったので、二時間はあっという間に経ってしまった。
服装の乱れを整え、ジェラルドのタイを付け直し、ラウンジに戻ると。
ミユが停車場の売店で手に入れたシャーベットを渡してくれる。運動の後なので、夏のこの季節、ヒンヤリしたシャーベットは実に有難い!
ジェラルドと二人、レモンシャーベットを喜んで味わう。
そこへ先程からいろいろ案内をしてくれる女性スタッフが、困った顔でやって来た。
「お客様、大変申し訳ございません。実は……少々問題が起きています」