80話:公爵様は刺激が欲しい!
公爵様→◇(切り替え)→キャサリン視点です!
『Heart-Giving Day』以降、落ち着いた時間が流れていた。
だがブルースが特別交換留学生に選ばれてからは、怒涛の勢いで時が流れる。
ハッサーク国へ向かったブルースと入れ替わりで、交換留学生としてこの国へやって来たのは、第三王子フェリクス・ピート・トリスだ。
このフェリクスがミユと婚約したい――なんて酔狂なことを言い出すので、大いに振り回されることになった。おかげでそれを回避する方法を考えることに時間が費やされることになる。
ようやくその件は落ち着いたが、お詫びとしてハッサーク国へ招待されることになった。
ハッサーク国は綿花の産地として知られ、わたしの傘下の商会の取引先も多数この国にある。よってその地に足を運び、綿花畑を見たり、産業を見たり、国の有力者に会えるのは大いなるメリットだ。
だが、おかげで慌ただしい日々を過ごすことになる。
それはそうだろう。ハッサーク国へ向かうのだから、仕事は前倒しで行うことになる。
バカンスシーズン前はそれではなくても執務も立て込む。
その上で国外へ出るのだから……。
国内の別荘地に行くのとはわけが違う。
普段なら夕食までに終わる業務もなかなか片付かない。キャサリンと夕食を摂ることもかなわず、そして――。
休む時間は遅くなり、ベッドで過ごせる時間も減ってしまう。
……わたしとしては物足りない。
つまり。
妻……キャサリンと、もっと濃密な時間を過ごしたい。
◇
「モナカ、あ、明かりはそのままにして!」
「? ですがそろそろ旦那様もいらっしゃいます。私は下がらせていただきますので、いつもの通り、この暖炉のそばの明かりだけでよいのではないでしょうか?」
モナカが言うことは正論。
そして寝る前は、暖炉のそばの明かりだけをつけておくのが、日々の当たり前だった。
でもそうではなく、明かりをつけておくようにモナカにお願いしてしまったのは……。
ジェラルドに借りた本のせい!
ブルースが留学しているハッサーク国に、バカンスシーズンが始まったら行くことになっている。ミユとその両親と共に。ジェラルドは通常のバカンスシーズン前より忙しくなり、寝室に来る時間も普段より遅い。
「キャサリン、私を待つ間にこの本を読んで見るといい。珍しくチャーマンがわたしに『旦那様、この小説は大変面白いです。ハッサーク国への旅のお供にどうでしょうか』とプレゼントしてくれた本だ」
そう言われてジェラルドから受け取った本を読んでいたら……。
ホラーだった……!
私は絶叫系の乗り物には強いが、ホラーは苦手。
そうとは知らず、読んでしまい、今は怖くてたまらない!
でも子供ではないのだ。
いい大人がホラー小説を読んで怖くなり、部屋が暗いのは無理……とは言えない。
結局。
モナカにいつも通りに明かりを消してもらったけど……。
こ、怖いわ。
ジェラルド、早く来て頂戴!
もう怖いのでベッドで掛け布にくるまっているが、そうするとなんだかいろいろと物音が気になる。
屋敷は古い建物だ。
修繕もしているし、石造りではあるものの、床や扉は木製だし、窓枠も木で出来ている。
夜になると軋む音が聞こえた。
それは前世で言うならいわゆるラップ音なのでは!?
ピシッとかミキッと音がすると、体がビクッと震えてしまう。
やはりもう一箇所明かりを――。
そう思い、ベッドから降り、ふと寝室の扉を見た時。
扉の下には床との間に隙間がある。
そこで動く影が見えたのだ。
「!」
ジェラルドが来たのね!
寝室の隣の部屋は、来客を通すため、ソファセットなどが置かれている。
その部屋のところまでジェラルドが来ているのかと思い、駆け足で扉に駆け寄った。
「ジェラルド!」
扉を開けると、そこには誰もいない。
薄暗い中、ソファセットがぼうっと浮かび上がって見える。
ではあの動いた影は何だったの!?
そう思った瞬間。
「!」
黒い手袋をつけた手で口を押えられた。
さらに錆のような匂いを感じ、血の気が引く。
『フォーンターナー城の怪異では、城で働いていた女中が何人も犠牲になっている。それは夜中に突如現れた。手に黒の革手袋をつけ、音もなく忍び寄る。口を押えられた時にはもう遅い。叫び声をあげることはかなわず、錆びた血の匂いを感じながら、首筋に牙が突き立ててられ――。翌日。城の階段には、すっかり血を失った女中の遺体が転がっている』
ホラー小説の記述が瞬時に脳に浮かび上がり、声にならない悲鳴を上げている。
「!」
首筋に温かい気配を感じ、そして――。
牙が肌に触れている!
もう失神寸前。
どんどん血を吸われてしまう……!
そう思ったが。
な、え、え、え?
血は吸われていない……?
でも肌を吸われ、これは何と言うのか……。
キ、キスをされている……!?
痛みなどなく、むしろ甘美な痺れを感じるって……もしかして、蚊と同じ!?
蚊は確か痛みを感じさせない成分を、吸血時に注入しているって言うわよ!
そうしないと痛みで気づかれ、すぐにパチンと潰されてしまうから。
もしやこの怪異も……「!」
口から黒い革手袋をつけた手が離れたのだから、悲鳴をあげるべきなのに!
代わりに出たのは恍惚とした声。
もしや吸血と同時に、媚薬でも注入されているの!?
体もどんどん熱くなるし、鼓動も激しくなるし、これは絶対におかしい!
足がガクガク震え、もう全身から力が抜けそうになったその時、抱きあげられていた。
「……ジェラルド……?」
ほとんど明かりはないが、そのわずかな光源の中でも輝くように見えるホワイトブロンド。
間違いない。
ジェラルドだわ!
「怪異に襲われて興奮したのか、キャサリン。随分と艶めいた声を出していたが」
「……! も~~~っ、ジェラルド! 私がホラーを苦手なのを知っていて、悪戯したのですね!」
「違う、違う。これも二人の夜を盛り上げるための演出だ」
そう言いながらもジェラルドは、既に寝室へ移動し、ベッドへ私をぽすっと下ろしていた。
「たまにはこんな刺激的な夜も、いいだろう?」
白いシャツにわざわざ黒のマントを羽織り、フォーンターナー城の怪異の演出をしたジェラルドは。
黒革の手袋を口に咥え、ワイルドに手から外そうとしている。
その姿は実に煽情的。
なぜジェラルドが突然そんなホラー路線に走ったのか。
それは分からない。
でも……確かに大変刺激的でした。
心拍数は急上昇で、いつも以上に濃密な夜を過ごすことになった。