77話:永遠の片想いです!
「もしや君は報われない恋でもしているのかい?」
「はは。分かりますか。実はそうです。だってそうでしょう。コリーナ王女には婚約者がいるのですから」
「なるほど。それはその通りだ。……スチュアート殿下はどうやってその想いを諦めるつもりなのですか?」
もう二人の会話をハラハラドキドキで聞いてしまう。
「最近気づきました。それまではどうやったら手に入れることができるか――そればかり考えていましたが、今は違います。どうしても結ばれることができないなら、相手の幸せを願おうと。これまで迷惑をかけた分、彼女の幸せのために僕ができることがあればやろうと思うようになりました」
スチュアートのホワイトブロンドの髪がサラリと揺れる。
「達観しているな」
「そうですね。でもどうしても手に入らない相手です。永遠の片想い。でもそれでも僕はいいんです。僕の瞳に映る彼女が、笑顔で幸せであれば」
な……なんて切ないの……!
でも確かにコリーナ王女は婚約者がいる。
諦めるしかない……って、スチュアートってそういうキャラでした!?
婚約者のいるミユにあの手この手でアプローチしていませんでしたっけ!?
「……僕もスチュアート殿下のように思えるのかな。ロイター男爵令嬢に対して」
「できる、できないも、それは殿下次第です。でも僕から見てフェリクス殿下ならできる……と思いますけど」
「そうかな。買い被りかもしれないぞ」
見つめ合った二人の王子。
これまた令嬢達を大騒ぎさせそうだ。
「買い被り……。それはフェリクス殿下がロイター男爵令嬢を諦められない――ということでしょうか。そうであるならば、残念ですね。ハッサーク国の王族は、そんなにも意志が弱いのかと」
ううううん!?
スチュアートは散々、ミユを諦めなかったと思うのですが……。
しかもミユを諦めたというより、コリーナ王女に好意を乗り換えたと言いつつも、今も本当はミユのことが好きなのでは……?
「ははは。意志が弱いと言われたら、潔く諦め、ロイター男爵令嬢の幸せを願うしかないな」
「それが一番ですよ」
「そうか」
フェリクスはそこで深々とため息をつく。
視線を落としたフェリクスはとても悲しそうな表情をしている。
フェリクスは王族という立場を最大限に使い、ミユとの婚約を考えた。スチュアートと違い、裏工作などしていない。ある意味、正々堂々。自分の使える武器で、正攻法で真っ向勝負を挑んできた。王族という立場のフェリクスからしたら、国を通して婚約話をするのが当たり前のこと。
改めてそう考えると、フェリクス自身は根っからの悪人というわけではなかった。その結果がこの言葉だろう。
「……ロイター男爵令嬢にプロポーズするのは……諦めるよ」
まさかのスチュアートの行動により、ミユへのフェリクスからのプロポーズが回避された!
その瞬間、スチュアートが私を見てウィンクする。「これまでブルースの件で迷惑をかけましたからね。お詫びで面白いものをお見せしますよ」とスチュアートは言っていたが、有言実行だった。
私はこの場を離れ、あの円形庭園に向かう。
ベンチに座り、今、見聞したことを考える。
スチュアートは一芝居打ってくれたのだ。
フェリクスの妹であるコリーナ王女のことを、確かにスチュアートは知っていた。婚約者がいることも。そこで思いついた。
スチュアートは別にコリーナ王女のことが好きなわけではない。ただフェリクスにミユを諦めさせるために、王女を好きであるフリをした。そして婚約者がいるコリーナ王女にプロポーズを自身がすると伝えるとことで、フェリクスに気づきを与えたのだ。
フェリクスが婚約者のいるミユにプロポーズするということが、何を意味するかを。
日々接する中で、フェリクスの性格を知っているスチュアートは、彼が王女を庇うことは想定済みだったのだろう。
ブルースとミユがお似合いだとしきりに褒めていたが、それはフェリクスがコリーナ王女とその婚約者について「相思相愛、美男美女、お似合いの二人」と評していたからだ。そこにブルースとミユをなぞらえることで、フェリクスがしようとしていたことの理不尽さを気づかせたかったのだろう。
さらにスチュアートが一芝居打ってくれたのは、本人が言っていた通り「ブルースの件で迷惑をかけましたからね」が大きな理由。つまりこれまでの自身の行動をお詫びする気持ち。
さらにはミユへの想いが原動力になっていた。
確かに原動力はミユへの気持ち。
ただ、その気持ちは昔とは違っている。フェリクスが諦めたところで、スチュアートがミユに何かすることはないと、今回よく分かった。
「僕の瞳に映る彼女が、笑顔で幸せであれば」
スチュアートが口にした言葉。
これがすべてだと、落ち着いて考えて理解した。
スチュアートはミユのことが好きだ。
でも身を引いて、ブルースとミユの幸せを願ってくれている。
だからこそ、一芝居打ってくれた。
スチュアートの真摯なミユへの気持ちに、胸が熱くなる。
最初こそ、憎たらしくて許せないと、スチュアートのことを思っていた。
だがそこは小説のヒーロー。
束縛系なところはあるのだろうが、性悪ではない。
「!」
スチュアートがこちらへゆっくり歩いて来た。
私はベンチから立ち上がり、御礼の気持ちを伝える。
「スチュアート殿下、ありがとうございます」
「ポチリーナに喜んでもらえて良かった。役に立ててよかったです」
嬉しそうなスチュアートを見て、私は決意する。
もうポチリーナと呼ぶことも許してあげよう――と。