７６話：まさか、まさか、です！
「ポチリーナ。放課後になったら、教室を見ていてください。これまでブルースの件で迷惑をかけましたからね。お詫びで面白いものをお見せしますよ」
こんな言葉を残し、スチュアートは校舎に戻り、午後の授業が始まる。
一体、スチュアートは何をするつもりなのかしら？
期待と不安を胸に、放課後を待つ。
授業終了の鐘が鳴る。
前世では終礼が終わったら、掃除があった。でもここは良家の令嬢令息が通う学校。掃除は専門のスタッフが担当していた。私はその掃除のスタッフのフリをしてA組へと向かう。生徒達が次から次へと教室を出て行く。ミユも早歩きで教室から出てきた。明らかにフェリクスに話しかけられないようにするためだろう。
もうA組の教室にはほぼ生徒はいないのでは？と思いながら、後ろの扉から、中の様子を窺う。
「！」
いきなりスチュアートと目が合い、ビックリする。
私が来たのを確認したことが合図のように、スチュアートが動き出した。
「フェリクス殿下、お話があります」
フェリクスは椅子に座り、両肘を机につき、組んだ手に顎を載せていた。
何やら考えごとをしていたように思える。
スチュアートに声を掛けられ、フェリクスは組んでいた手をほどき、そしてスチュアートを見た。
「殿下には妹がいらっしゃいますよね。一つ下の。コリーナ王女。シルクのような黒髪の素敵なレディ」
スチュアートはそう言いながら、フェリクスの前の席へ歩み寄る。
向き合ったフェリクスにスチュアートは話を続けた。
「ホリデーシーズンでお会いした時から、コリーナ王女が素敵だと思っていました」
ううううん！？
これって……。
もしかしてスチュアートをアンニュイな表情にさせていた令嬢は、コリーナ王女だった……ということかしら！？
てっきりミユがその令嬢だと思っていたのに！
「フェリクス殿は僕の国のレディにプロポーズされましたよね。ならば僕はコリーナ王女にプロポーズしようかな」
ガタッと大きな音を立て、フェリクスが席から立ち上がった。
「待って欲しい、スチュアート殿下。コリーナは婚約している！ 婚約者がいるんだ。幼なじみの侯爵家の嫡男。相思相愛、美男美女、お似合いの二人と言われている」
「だから？」
「え」
スチュアートは実に美麗な笑みを浮かべ、フェリクスを見る。
向き合う二人を瞬間的に見ると、令嬢を喜ばせるツーショットにしか見えない。
だがどうも会話の雲行きが怪しかった。
「フェリクス殿下も同じことをされていますよね？ ロイター男爵令嬢には婚約者がいます。彼女の婚約者は今、特別交換留学生としてハッサーク国に滞在し、ここにはいません。ですが、彼とロイター男爵令嬢はお似合いの二人です。でもこの二人の仲をフェリクス殿下、あなたは裂こうとしています。コリーナ王女にプロポーズする僕を止めるなら、ご自身の行動をまず控えるべきではないですか？」
持っていたモップから手を離してしまいそうになる。
こ、これはどういうことかしら！？
スチュアートは何をしようと……コリーナ王女にプロポーズをしたいのよね？？？？？
でもこの会話の内容だと……。
「なるほど。君の言うことは一理あるね、スチュアート殿下。それに……ロイター男爵令嬢は、そこまで仲がいいのか、その婚約者と」
「ええ。二人の絆はとても強いもの。無理矢理別れさせたら、どうなるか分からないです」
「……分からない、とは？」
いろいろパニックの私に、追い打ちをかけるようなドキッとする言葉を、スチュアートが口にする。
「友好国の王子からのプロポーズを、男爵家が断れるわけがないですよね。公爵家なんて王族の一員と同じようなものです。ロイター男爵令嬢との婚約破棄に、同意するしかありません。そうなると当事者の二人には悲劇です。愛し合っているのに、別れさせられることになるのだから。駆け落ちするかもしれません」
「そうか。そこまで……。公爵家と男爵家で婚約？と思っていた。ロイター男爵令嬢が美しいから、公爵家のお坊ちゃんが一方的に惚れでもして、無理矢理婚約に漕ぎつけたのでは……と思ってしまったが、そんなことはないのか」
「相思相愛、美男美女、お似合いの二人と言われていますよ」
フェリクスが先程言った言葉に、スチュアートがなぞらえる。それを聞いたフェリクスは肩をすくめて笑う。
「……ようやく素敵なレディが見つかったと思ったのに」
「人との出会いはそんなものですよ。もっと早くに出会うことができれば……。いくらそう思っても、どうにもならないことです」
「もしや君は報われない恋でもしているのかい？」
フェリクスの指摘にスチュアートは自身の首に手を添え、「参りました」という表情で苦笑する。
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