75話:回避不可能案件です!
どうやったらフェリクスとの婚約を、回避できる……?
それはロイター男爵家から公爵邸へ戻る馬車の中で、ジェラルドと散々考えることになった。
もしフォード公爵家、ロイター男爵家、共に反対を表明した場合。
王家を敵に回すことになる。
王家だけではない。
王家の意向=国の意向に反する行動を取ったということで、多くの貴族を敵に回すことになる。それは社交界での立場が悪くなるだけではなく、商会経営にも影響が出るはずだ。領民だって肩身の狭い思いをすることになる。影響の余波は計り知れない。
反対を表明するのではなく、王族の婚姻の条件に相応しくないことにより、辞退せざるを得ない状況にするのはどうなのか。
王族の婚姻は貴族以上に純潔が重視された。
ブルースとミユは既にそういう関係。よって……方法としては一つの手ではあった。だがこれはあまりに不名誉過ぎる。この国にいる限り、ブルースとミユは不名誉の烙印が一生ついて回るだろう。将来、二人の間に生まれた子供もそうだ。フォード公爵家の消えない汚点として未来永劫残るだろう。
こうなるといくら考えても答えが見つからず、ジェラルドと二人、ベッドで横になってからも考え続けることになる。そうして考えに考え、それでも答えは出ない。
断ることは……無理だ、わ。
そのまま二人して眠りに落ちていた。
◇
悶々としたまま翌日、学校へ行くことになった。
これはミユを見守るためでもあるが、フェリクスの様子を確認したい――というのが一番大きい。
自身の王族という立場から、いきなり国同士のテーブルにミユとの婚約話を載せてきたフェリクス。一体どんな顔でミユに会うつもりなのか。
いつもの円形庭園から教室の様子を窺っていると……。
「あっ……」
昼休みになった瞬間。
ランチボックスを手にミユは逃げ出すように教室を出て行ってしまう。フェリクスは驚いた表情でミユの後ろ姿を見て、追いかけようとした。
だが何も知らないクラスメイトに囲まれ、声をかけられて、ミユを追うことはできない。
ミユは一人で昼食を食べるはずだ。
どこで食べるだろう?
考えるまでもなかった。
ブルースといつも昼食を食べていた庭園のベンチに向かったに違いない。
ミユに声をかけようかしら?
でも私が潜入していることはミユには話していない。
それに一人になりたいと思っていたら、私が話しかけると気を遣わせてしまうだろう。
「ポチリーナ、今日は元気がないですね。どうされたのですか?」
ハッとして振り返ると、いつもと変わらない王子様のスチュアートがそこにいる。その姿を見て思う。
スチュアートは、フェリクスとミユに婚約話が浮上している件を知っているのかしら?
私がじっと見るので、スチュアートは照れたような表情となり「ポチリーナ、私の顔に何かついていますか?」と困惑している。
もしフェリクスとミユに婚約話が浮上していることを知っていたら、私に対してこの態度はないだろう。それに自身にとっても困る話のはずだ。
そうなると……。
知らないのだわ。
でもそれはそうよね。
まだ水面下で動いている話。
それに国王は、スチュアートがミユを好きだとは……知らないのだろう。
フェリクスとミユに婚約話が出ていると、スチュアートが知ったら、どんな反応をする……?
スチュアートはこの世界のヒーローだ。
小説ではスチュアートがヒロインであるミユと結ばれるのが正しい流れ。
それなのにモブであるフェリクスとミユに婚約話が浮上していると知ったら……。
阻止するのでは!?
ここはもう一か八かの賭けだった。
このまま何もしなければ、ブルースもミユも、ミユの両親も、ジェラルドも私も。
悲しい想いをするだけだ。
だったらスチュアートを利用しよう!
スチュアートは王族であり、国王は彼の父親だ。
ジェラルドや私より、国王とは話せるはず。
「スチュアート殿下。今日の昼食は……」
「勿論、持参していますよ。今日は牛肉のクロケットサンドです。マスタードとクロケットがよく合います」
「それは美味しそうですね。早速いただきたいのですが」
私から昼食が何であるかと聞いたことは一度もない。ましてや早く食べようと促すなんてこれが初めてのこと。スチュアートは驚き、でも喜び、私にベンチに座るよう、勧めた。
牛肉のクロケットサンドを食べながら、私はスチュアートにフェリクスとミユの婚約話の件を話す。
初耳だったと分かる表情をスチュアートがしている。
とても驚いていた。
やはりスチュアートは知らなかったのね……。
ひとしきり話し終えた頃にはサンドイッチは食べ終えていた。
さて。
ここからスチュアートはどう出るかしら?
ブルースからミユを手に入れることは、第二王子という立場のスチュアートなら、できることだった。だが隣国の王子でフェリクスから奪うのは難しい。正式にミユがフェリクスと婚約する前に、二人を破談に持ち込む必要があるわけだ。
スチュアート。
あなたがこれまでにブルースにしたひどいこと。スキー合宿の件も剣術大会あの件も。濡れ衣カンニング事件もイザベル侯爵令嬢の件も。本当は卒業舞踏会が終わったら、盛大なざまぁをしようとも考えていた。でもフェリクスにミユを諦めさせたら、許してあげるから。
念を込めてスチュアートの顔を見ると、伝わったのだろうか。
ゆっくりとスチュアートが話し出す。
「ポチリーナはミユがフェリクスと婚約したら悲しいのですね?」
「当然です! ミユと先に婚約したのはブルース。ぽっと出のフェリクスに奪われるなんて許せないです!」
Oh my goodness!
思わず本音が!
スチュアートはクスクス笑っている。
「きっと僕もそう思われていたのでしょうね」
「その通りです!」と喉まで出かかった。だがそれは呑み込む。
「ポチリーナ。放課後になったら、教室を見ていてください。これまでブルースの件で迷惑をかけましたからね。お詫びで面白いものをお見せしますよ」
スチュアートは王子様らしい快活な笑顔を見せ、鐘の音と共に校舎へと戻って行った。
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