74話:大波乱です!
「さて。今回は二人にお願いがあってな。ロイター男爵家とフォード公爵家との間で結ばれている婚約話。これを白紙撤回にしてもらえぬか?」
宮殿に着き国王から告げられたこと、それはまさかのブルースとミユの婚約破棄!
これには衝撃的過ぎて、言葉が出ず、国王の話をとにかく聞くことになる。
「ハッサーク国第三王子フェリクス・ピート・トリス。彼の両親である国王夫妻から、正式な書簡で申し入れが来たのだ。学友であるミユ・マリア・ロイター男爵令嬢を、フェリクス第三王子は心から気に入ったと。レーモン王国とハッサーク国の友好のためにも、二人を婚約させることはできないかとの打診だ」
これにはもうビックリ。
フェリクス自らミユと話し、放課後に出掛けないかと声をかけていたが、二人きりになったのは、後にも先にも校内案内の二回のみ。その時、ミユの腕に触れるというボディタッチがあったが、それぐらいだ。
国として、王族として、婚約の申し入れをするくらいフェリクスがミユを好きだったなんて……!
そうだったとしても、いきなり国家権力なんて使うものかしら!?
あのスチュアートさえ、そこまではしなかったのに。
第二王子であるスチュアートなら、父親である国王に「どうしてもロイター男爵令嬢と婚約したい」と言うことはできた。だがそこは小説ではヒーローだからだろうか。さすがにそんなことはしなかった。もちろん、いくつかの痛い行動はあったものの、自身の範疇で動いていた。
それなのにフェリクスは、いきなり自身の王族という立場を利用するなんて……!
しかもミユは友好国の令嬢だ。婚約者だっている。そんな相手に平然と王族という立場を利用し、婚約の打診をするとは……。
「レーモン王国とハッサーク国は、長きに渡る友好関係にある。特にハッサーク国は綿花の産地であり、我が国にとって重要な輸入先だ。どうだろう。国のために、ロイター男爵令嬢との婚約を解消してもらえぬか? 相応の対価を与えるし、フォード公爵令息には、良き縁談相手もわしの方で手配する。考えてみてもらえないだろうか」
国王は「考えてみてもらえないだろうか」とボールをこちらへ投げた形だが、それで私達が「それは無理です」と言えるかと言うと……。言えるはずがない!
本当にショックだった。
謁見を終え、馬車に乗り込むと、私はジェラルドに問いかける。
「そもそもミユは男爵令嬢ですよ。ハッサーク国の王族に嫁げるのですか!?」
「婚姻にあわせ、ミユの両親には新たに爵位が与えられるはずだ。間違いなく侯爵位を。そうなると、ハッサーク国との縁談話は、ロイター男爵家にはメリットしかない。侯爵位を授けられ、王族との縁もできる。一族の誉れとなるはずだ」
そんな……!
スチュアートを回避できれば万全と思っていたのに!
なんで突然現れた隣国の王子に、ミユを取られないといけないの!
これがシナリオの強制力?
いいえ、違うわ。
本来の正しい流れなら、ミユはスチュアートとハッピーエンドだ。
フェリクスと婚約したミユを、いくら同じ王族とはいえ、スチュアートが取り戻すのは無理な話。
そうなると小説の力は関係ない……?
待って。
観察した限り、フェリクスは悪い人物ではない。
いきなり国家権力をふりかざして来たことには驚いたが、王族なのだ。
当然の権利を行使しただけ……と言われたら、その通り。
ということは……。
スチュアートと結ばれると束縛エンド。
でもフェリクスとならハッピーエンド?
モブのブルースはお呼びではない?
落ち着くのよ、キャサリン。
フェリクスは確かに王族。
でもメインキャラではない。ヒーローではないのだ。
モブであることに変りはない。
しかも私が読んだ小説には、登場していなかったモブ!
待って。こうも考えられるわ。
もしかしてフェリクスがブルースの代わり……?
フェリクスは長くとも八月末には国に戻る。
ミユとは婚約し、帰国する。
だが卒業舞踏会に突然現れ、ミユに婚約破棄を言い出す、とか?
フェリクスに婚約破棄されたミユに、スチュアートがプロポーズをする?????
そんな流れにこの世界は書き換えられてしまったの!?
いろいろ私が動いたせいで、正しい小説の流れから乖離している。
もはや結末が見えない!
「キャサリン。落ち着こう。こういう時こそ、冷静になる必要がある。まだ結論は出ていない。ブルースに知らせるのは一旦保留し、まずはロイター男爵夫妻と、ミユ本人の気持ちを聞いてみよう」
冷静なジェラルドの言葉に頷き、突然とはなるが、ロイター男爵家を訪ねてみた。
すると夫妻は家にいて、テスト最終日だったため、ミユも学園から戻っている。
そこで話し合いが行われた。
ロイター男爵によると、夫妻は午前中に呼び出され、国王から今回の件を聞かされることになった。午後にはジェラルドと私にも話すので、それまでは口外不要と言われていたという。そして絶対に私達が訪ねてくると思い、屋敷で待ってくれていたと言うのだ。
「国王からは、フォード公爵家との縁談話を白紙に戻せば、侯爵位を授け、国としても婚約祝いを贈ると言われました。領地に加え、鉱山も与えようと言われましたが……。私達はブルースくん、そしてフォード公爵夫妻とは長い付き合いです。我々もブルースくんの、真っすぐでひた向きな性格を気に入っています。何よりも爵位など関係なく、娘の幸せが一番です。例え王族からの求婚でも、娘が幸せにならないなら、受けたくないと思っています」
開口一番でロイター男爵からそう言われたジェラルドと私は、胸が熱くなっていた。
この世界の貴族が重視するのは『名誉』と『爵位』だ。
王族に娘を嫁がせた=名誉。
侯爵位を授けられる=爵位。
この二つよりも、娘の幸せとブルースを気に入ってくれたロイター男爵夫妻には、感謝の気持ちしかない。
男爵家の令嬢のくせに、公爵家の嫡男と婚約なんて!
なんて生意気な。何か汚い手でも使ったのかしら?
ブルースとミユが婚約した時、社交界ではそんなことも密かに囁かれた。
ユズ伯爵夫人を始めとしたマダム仲間が、すぐにそんなひどい噂を一蹴してくれたが、ロイター男爵夫妻もミユ自身も、肩身の狭い思いをしたはずだ。それを乗り越え、今がある。
ロイター男爵家とフォード公爵家の絆は強い。
ミユとブルースが育んだ愛はとても深い。
「ご夫妻の気持ちはよく分かりました。……ミユ、君自身はどうなのだい? 貴族令嬢にとって、王族との婚姻は、最高の栄誉とされている。ゆえに君がフェリクス殿下の想いを承諾しても、我々は君を責めるつもりはない」
ジェラルドがミユにその気持ちを問うと――。
「私の心はブルースと共にあります。フェリクス殿下に嫁ぐぐらいなら、修道院に入ります」
ミユ……!
この世界のヒロインに相応しい凛とした言葉に、涙が出そうだった。
ミユの決意は固い。
ブルースを選んでくれた!
しかしどうやったらフェリクスとの婚約を回避できる……?
先にカードを切られてしまった。
ここでこの状況を大きく覆す方法は……。