71話:調子が狂います!
翌日もフェリクスとミユを見守る作戦は続行。
授業の合間の短い休憩では大きな変化はないだろう。
ジェラルドが侍女長に補佐をつけ、公爵夫人としての役目の一部を侍女長に分担させてくれたものの。私がすべきこともある。
ということで学校の昼休みにあわせ、臨時用務員モナリザは稼働となる。午前中は公爵夫人としての役目を果たす。
こうして昼休みより少し早めに学校に到着すると、まずは教室の様子を確認。
校舎の手前のアプローチには小さな円形庭園がある。そこの茂みに隠れ、窓越しに教室内の様子を確認していると。
心臓が止まるかと思った。
スチュアートがこちらを見て手を振ったのだ。
それは一瞬のことだったけど。
な、なぜ、気づいたのかしら、スチュアートは!!!!!
ともかくドキッとした直後に鐘の音が響き、四時限目の授業は終了。生徒達が一斉に立ち上がり、各々昼食のため動き出す。
フェリクスは複数のクラスメイトから声をかけられ、席を立ちあがる。そしてミユに話しかけた。
フェリクスとミユを含めた八人程の生徒はそのまま中庭へと移動。中庭には生徒達が昼休みを過ごせるよう、アイアン製の四人掛けテーブルをいくつも用意していた。そこで昼食を摂り始めたのだ。
フェリクスとミユは隣同士で座っているが、他にもクラスメイトがいる。
大丈夫だろうと思ったら……。
微妙なスキンシップがある。
やはりみんなでドッと笑いが起きたようなタイミングで、フェリクスがミユの腕に触れていた。
でもそれだけだ。
それ以上、触れることもないし、盛り上がった瞬間ぐらいしか、その行動はでない。
もしかするとフェリクスのクセなのかもしれなかった。気分が高揚した時、近くの人につい手を触れるのが。
しばらくその様子を眺めていると、自分の空腹に気が付く。
午後の授業が始まったら、昼食をいただこう……。
「ポチリーナ、お昼食べてないですよね?」
またもギクリだ。
スチュアート!
「余計なお世話ですよ、殿下!」
キッとして振り返った私の目の前に、溢れる程のローストビーフとレタス、粒マスタードが添えられたサンドイッチが差し出された。
ローストビーフにエフェクトがかかっている!
シャラ~ンという光が舞って見えた……!
な、なんて美味しそうなサンドイッチ。
しかもまさに空腹の今、差し出されるなんて――。
「宮殿の調理人が出来立てを届けてくれました。美味しいですよ。召し上がってください。ポチリーナのために用意しました。僕の分もちゃんとあります。ポチリーナに食べてもらえないと、調理人は悲しむだろうな……」
くっ……。スチュアートはなんて策士なの!
そこまで言われて「結構です! いりません!」などと大人げないことは言えない。それに調理人は確かに心を込めて作ってくれたはずだ。これを無駄にすることは……できない!
「それに腹が減っては、戦はできませんよ、ポチリーナ」
畳みかけられ、サンドイッチを受け取り……なぜか庭園の一角で、スチュアートとベンチに並んで一緒に昼食となった。
その間、スチュアートは私がいなかった午前中の、フェリクスとミユの様子を聞かせてくれる。そうなると「一人で食べます!」とは言えなくなる。
スチュアートはブルースと同じ十七歳。
私からしたらおこちゃま。子供。
なんでこうもあしらわれているのかしら!?
おかしい!
何よりも調子が狂う。
でも……。
今、私とスチュアートは、ミユを見守る/監視すると、共通の目的を持っている。そしてミユの隣の席であり、一緒にいる時間が長いフェリクスは共通の敵……敵とまではいかないが、気になる人物。
よってスチュアートも二人の様子を気にして見ていたと。そして今、こうやって昼食を摂っているが、スチュアートと私で共通の話題なんてそうはない。話題にできることがフェリクスとミユの様子だった……ということだろう。
そこで昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴る。
「ああ、もう昼休みはお終いです。あっという間でした。それではポチリーナ、午後も頑張ってください」
「スチュアート殿下、ご馳走様でした。……私はモナリザです」
「僕にとってポチリーナは、いつだってポチリーナですよ」
スチュアートはこの世界のヒーローらしい、爽やかな笑みと共に去って行く。
一瞬、なんだか名言みたいに聞こえた。
だがそんなことはない。
名言どころか、迷言です!
何を言っているの、スチュアートは!?
何が「いつだってポチリーナ」なのか!?
というか、ポチリーナ……。
修学旅行限定の、二度と使うことがない偽名だと思ったのに!
今はポチリーナとは全く異なる変装をしているのに、だ。
なぜ、モナリザではなく、ポチリーナと呼ぶのか!
正直、ポチリーナと呼ばれた瞬間に、前世の弟のことも思い出し、脱力してしまう。
やはりスチュアートは何を考えているか分からない!
今は共通の目的と敵(一応)がいるから、なんとなく“仲間”みたいになっていますが!
そもそもミユに手を出そうとした敵なのだ、スチュアートは。
油断してはならない!