70話:お前もか!です!
「ポチリーナ」
スチュアート!
「ああ、やはりポチリーナですね! また会えるなんて嬉しい!」
声の方を見ると、シルバーブロンドをサラサラと揺らし、サファイアのような輝く瞳でスチュアートが微笑んでいる。いつもいる腰巾着二人や護衛の騎士の姿は見えない。
というか……。
また会えたってどいうことかしら!?
舞踏会や晩餐会で、さんざん顔を合わせていましたよね……?
それに。
「私はポチリーナではありません」
「ではフォー」
スチュアートの口を押える。
「お黙りなさい!」と前世のノリでキレそうになるのを堪える。
どこで誰が聞いているか分からない。
それなのにスチュアートは、フォード公爵夫人と呼ぼうとした!
信じられないわ。
あ……。
なるほど。
そうか。
スチュアートなりの配慮で、ポチリーナと呼んだのね。
いやいや、待ってくださいよ、殿下!
私は「モナリザ」という名のネームプレートをつけていますから!
「私は臨時用務員のモナリザです」
「変装の腕は素晴らしいですね。きっと僕でなければ見破ることができなかったと思います」
くっ。なんでスチュアートは見破ることができたのかしら!?
「僕はその、体で人を覚えるので」
な……スチュアート、お前もか!
(ブルータス、お前もか!)
ムーギといい、スチュアートといい、変なところで勘が良すぎる!
それに普通、人のこと、体でなんて覚えませんよね!?
「ポチリーナはなんというか……とても素晴らしい体型をされているので」
そこで王子様顔のスチュアートが、ぽっと頬を赤らめる。
その顔で変な想像して赤くなるの、やめんかい!
王子様のエロ顔なんて、乙女の理想が崩壊……しなくもない?
え、むしろご褒美?
えええええっ、そうなんです!?
ではない。
「ですから私はポチリーナではなく、モ」
「正体は黙っておきますよ。誰にも言いません。でも一緒にいてもいいですか?」
いいわけがない。
「ノーの選択肢はありません。今、ここで僕を解放したら、黙っておくという約束は守れないかもしれません」
この(ピーッ)殿下は、一緒にいることを許さないと、私の正体をバラすと言う。なんてあくどい方法を。ヒーローだから無傷で卒業舞踏会まで……なんて配慮したが、今すぐ潰してやりたいわ……。
キッと睨むがスチュアートは意に介している様子はない。
それよりも。
廊下を見ると、フェリクスとミユは、どうやらこのまま校舎を出てしまいまそうだ。
もたもたしている場合ではない!
仕方なくスチュアートと一緒に、フェリクスとミユの様子をこの日は見守ることになった。
校舎を出た二人が向かったのは、庭園。
ミユは熱心に花壇の花について説明をしている。
フェリクスとミユの距離は近いものの、一応何事もなく終わった。
この後、二人は馬車乗り場へと歩いていく。
校内案内は終了、ということか。
でもまだ案内できていない場所もある。
もしかすると明日以降も案内するのかもしれない。
「ポチリーナ。また明日も二人を尾行するのでしょう? 再び会えるのを楽しみにしています!」
スチュアートのこの言葉には頬が引きつる。
だが満足したのかスチュアートは私から離れ、自身も馬車乗り場へと向かっていく。
明日はスチュアートにバレないようにしながら、尾行をしなければ……!
◇
その夜、ジェラルドにミユの様子とスチュアートに絡まれたことを報告することになった。
「なるほど。フェリクス殿下か。だが性格も良いという評判だ。それに女遊びのクセがあるとも聞かない。ミユとは席も近いクラスメイトで、話しかけやすかったのでは? それよりも殿下だ。あの若造、何を考えているのか」
ダークグレーのガウンを着たジェラルドは、ソファで寛ぎ、アイボリーのガウンを着た私を抱き寄せる。そして思いついたという表情で「そうか」と呟く。
「殿下はいずれかの令嬢を想っているというが、それはやはりミユだったということか。スチュアートはキャサリンに絡んだわけではなく、ミユの様子を監視したかった。そこでミユを見守るキャサリンを発見した。行動を共にしたのは……。結局、追いかけたいのはミユだ。キャサリンを気にしてさらに遠巻きで監視するより、都合が良かったのだろう。自分の存在を知らせ、一緒に動く方が」
ジェラルドのその分析は、実に合点がいく。
ということは、ミユの様子を見守ると、どうしたってスチュアートと鉢合わせは避けられないのでは?
「殿下は一時、キャサリンに邪な感情を持っていたようだが……。やはりミユが本命で少し安心した」
「! 殿下にミユを狙われるのは困ります!」
「ならばキャサリンが殿下の好奇の対象のままが良かったのか!?」
「そう言うわけではないのです!」と言葉を発する前に、ジェラルドの熱を帯びた唇で、口は塞がれている。その熱さは、ジェラルドの嫉妬の炎が小さく灯っていることを感じさせた。
スチュアートが私の髪に、一輪の赤い薔薇を飾った舞踏会。
このことも思い出してしまったのかもしれないわ。
こうしてジェラルドの焦れ焦れ溺愛タイムが始まってしまう。
春の夜は、熱い吐息とため息と共に過ぎて行く――。