69話:再び学園に潜入です!
ブルースは正式に特別交換留学生の話を受け入れた。
例年、短いスプリング・ブレイク(春休み)は王都で過ごしている。だが四月になれば、そこから三ヵ月間。ブルースとミユは手紙でしか連絡が取れなくなる。少しでも長く一緒にいたいという気持ちが、二人から痛い程伝わってきた。
そこで約二週間という短い期間だったが、フォード公爵家が所有する春の別荘に滞在した。
春の別荘。
それは王都の郊外にある別荘だ。
その場所は、これといった観光名所があるわけではない。その分、敷地面積が広い。庭園のさらに外側には、ミモザの花畑が広がっていた。前世の菜の花を思わせるミモザの黄色の花は、春の風物詩。そのミモザの花が広がっている様子は、まさに絶景。
晴れた日の青空とミモザの黄色の花のコントラスト。
画家だったらこの花畑をモチーフに、何枚もの素晴らしい絵を描くことだろう。
ミユの家族と共にこの春の別荘に滞在している間。
ブルースとミユはその花畑で絵を描いたり、読書をしたり、散歩をしたり。
二人だけの時間を大切に過ごしていた。
そして始まる新学期。
ブルースはハッサーク国へ旅立っていった。
見送る汽車のホームで、抱き合ったブルースとミユの姿には、ハンカチが何枚あっても足りない。
「ブルース!」「ミユ!」
汽笛の音が鳴り響き、ゆっくりと汽車が動き出す。
汽車の窓から乗り出すようにしてミユの名を呼ぶブルース。
走り出した汽車を追うように駆け出すミユ。
やがて汽車は速度を上げ、ホームを抜け、遠ざかる。
涙が止まらないミユを、ブルースの代わりに私が抱きしめ、心に誓う。
絶対に守ってあげるから、ミユ。
大丈夫よ。
◇
こうして春爛漫の王立レーモン学園に、私は懐かしい服装で足を運ぶ。
ひっつめにした髪。
ハーフリムの眼鏡。
立襟の地味な色だが、体のラインがハッキリ分かるドレス……。
臨時用務員……であるが実質業務免除で、自由に学園内を動ける変装した私、その名もモナリザとして。
今回、ブルースがハッサーク国へ向かい、交換で王立レーモン学園へ特別交換留学生としてやってきたのは……。
なんとハッサーク国の第三王子!
フェリクス・ピート・トリス。
健康的に日焼けした肌、長めの黒髪で赤銅色の瞳。
人を使い、調べたところ、運動神経抜群で人懐っこい性格をしているという。
左耳に王族を示すルビーのピアスをつけている。
ブルースと交換留学になるので、フェリクスはB組に加わると思いきや。
コールがC組にクラス替えになっていたため、欠員が出ていたA組に属することになった。
というのは表向きの理由。
A組にはスチュアートがいる。
婚約者のいないスチュアートに、悪い虫がつかないよう、そのクラスは調整がされていた。そして今回やってきたフェリクスも婚約者がいない。よってこちらも変な虫がつかないように、というのと、防犯面の観点からもA組になったようだ。
そんな大人の事情を知らないA組の生徒達は、二人も王族がいると大騒ぎ。
そしてフェリクスはミユの隣の席になった。
フェリクスは休憩の度にクラスメイトに声を掛けられる。昼休みはクラスメイト全員と食べることになった。放課後は教室で歓迎ティーパーティー。フェリクスが特別交換留学生として来ることは周知されていた。よってあらかじめお茶菓子の手配は学級委員が済ませている。王都のカフェのスタッフが給仕付きで紅茶とスイーツを提供し、ティーパーティーは華やかに行われた。
その様子を見ると、今頃ブルースも留学先のクラスで同じように歓迎ティーパーティーを開いてもらっているのかしら?と想像してしまう。無事に送り出すことに腐心していたが、改めてブルースの不在を母親として寂しく感じてしまった。
寂しい……そんなことないわ。ブルースと私には親子の絆がある。それはどんなに離れていても変わらない。今はそのブルースが大切にするミユのために頑張らないと!
気持ちが後ろ向きになりそうな時は、何か目的や目標があるといい。とにかく何か行動することで、マイナス思考からは解放される。
ということで翌日以降もミユの様子を見守ることに。
この日もクラスの主人公はフェリクスだ。
ミユはその陰に隠れ、平穏無事に過ごせている。
フェリクスと共に注目を集めているのはスチュアートだ。
同じ王族というのもあり、外交、という意味もあるのだろう。
フェリクスとスチュアートが話し、その周囲をクラスメイトが囲むという場面が何度もあった。その時の二人は、まるで前世でいうなら人気アイドル二人組みたいだ。共に見た目は令嬢の心を鷲掴みにするもの。フェリクスは人懐っこい性格で、スチュアートは品行方正で知られている。
婚約者がいる令嬢でも、この二人からは目が離せない。
そんな状態なので、スチュアートがミユにちょっかいを出すこともなく、この日の授業も終わる。帰宅部のミユはこの後、もう帰宅するだけ。そう思ったら……。
フェリクスがミユに声をかけた。
二人は席を立ち、共に歩き出す。
どうしたのかしら?
尾行を始めると、移動教室――美術室、実験室、体育館、図書館と二人が巡っている。つまりこれは校内を案内しているのだと理解した。
廊下を歩く二人は会話が絶えず、笑い声も聞こえる。
さすがフェリクスは王族だ。
社交術にも長けている。
ミユが笑う度に、フェリクスが腕にさりげなく触れていた。
それは、頻度は多いが、本当に一瞬のこと。
ミユ自身、楽しく笑っているタイミングなので、ほぼ気にしていない。
真っ直ぐの廊下を歩く二人を、後方の柱の陰から見守っていた私は。
頻繁なボディタッチ。なんだか気になるわね。
その時だった。
「ポチリーナ」
ギクッ。