68話:春を前にしたサプライズです!
三月に入り、朝晩の気温の低さに対し、昼間は春を感じさせる気温の日も増えた。
王立レーモン学園ではテストも終わり、残す行事は三年生の卒業式のみ。
その後は短いスプリング・ブレイク(春休み)が待っている。
春を待つ穏やかな時間が流れていると思ったら……。
テストが返却され、またもやコールと同率首位となったブルースから、こんな話をされたのだ。
それは家族三人で夕食を摂っている時のこと。
ブルースは制服から白シャツにアーガイル柄のウールのベストにマロン色のズボンに着替えている。ジェラルドはチャコールグレーのセットアップ、私はプラム色のドレス姿で食事の席に臨んでいた。
今日のメインは、牛ハラミステーキマスタードソース添え、そして春野菜の鯛のヴァプール。
「お父様、お母様。今日、校長先生に呼ばれました」
これを聞いた瞬間、私は思わずカチャンとナイフとフォークをステーキのお皿に置き、席から立ち上がっていた。校長=悪報としか思えない!
「! またカンニングの濡れ衣でもかけられたのかしら!?」
「キャサリン、落ち着くんだ。テストはもう終わっている」
そうでした!
斜め左に座るジェラルドが私の手をぎゅっと握りしめ、私はストンと椅子に腰をおろす。ブルースは「悪いお話ではないですよ、お母様。いつも心配をおかけし、申し訳ないです」と健気なことを言う。
「ブルース、何を言うの! あなたはいつも最善を尽くしているわ。悪いのはあの古狸の校長よ。権力に弱いんだから!」
これにはジェラルドもブルースも苦笑している。
ともかくひとしきり笑い終えると、ブルースはナプキンで口元を拭い、こう切り出した。
「王立レーモン学園では毎年三年生が一人だけ、特別交換留学生に選ばれますよね? 今年は僕がそれに選出されたそうです」
特別交換留学生!
それは成績、生活態度、出席日数、勉強以外の活躍など幅広く審査され、選ばれた一名が、全額学園持ちで隣国ハッサーク国へ留学できるという制度だった。
期間は四月から六月の三ヵ月間。だが七月からバカンスシーズンに入るため、希望すれば八月末までハッサーク国に滞在できた。
前世では三年生ともなると、その後の受験や就職で極力イベントも少なく、交換留学なんてしている場合ではない。だがこの世界ではアカデミーへ入学するにあたり、入試はない。学園での成績次第でいくらでも進学が可能だった。その代わりアカデミーでは厳しい卒業テストと論文があり、入学は簡単、卒業は困難となっていたのだ。ちなみに就職は正直、コネ・ツテが当たり前。良家の令嬢令息なのだ。縁故採用上等の世界だった。
よって三年生に進学してすぐのタイミングで交換留学!?とはならない。むしろ三年生は、これまでの授業の総復習がこの世界では中心となる。よって三年生に進級して留学でも、なんら問題はなかった。
そんな特別交換留学生でありますが。
ブルースが選ばれたなんて記述、私が読んだ小説にはなかった。
思うに、小説のブルースは我が儘高飛車ボンボンで、成績も振るわなかったと思う。甘やかされて育ち、勉強をしなくても怒られることもない。つまり特別交換留学生に選ばれる要素はゼロだったと思うのだ。当然、アカデミー進学の話もない。しかも公爵家の嫡男なので、就職の心配もなかった。
つまりブルースが特別交換留学生に選ばれたのは、小説で見たことがない展開。
これは良いことなのか、悪いことなのか。
私は良いことだと思っている。
若いうちに他国の文化を肌で知ることができるのは、大きな経験になると思う。それにこの世界、まだ交通手段も限られている。他国へ飛び出せるのは、本当に裕福な者たちだけ。多くの人々が生まれ育った場所で生涯を終えるのが当たり前だった。
ブルースの成長と見識を広めるために、この留学は大いに役立つと思える。
何より、特別交換留学生に選ばれたのは、ブルースが頑張った結果だと思う。
剣術大会での優勝。濡れ衣カンニング事件にもめげず、コールと共に二度の学年首位を勝ち取ったのだ。
ジェラルドも私と同じ気持ちなのだろう。私と視線を交わすと頷き、ブルースに声をかける。
「父さんも母さんも留学に行くこと、反対する気持ちはない。むしろいろいろあった二年間。ブルースのがんばりが、認められたのだと思う。誇りに思うぞ、よくやった。後はブルース自身の気持ちだ。ブルースはハッサーク国への留学をどう思っている?」
「とても光栄なことだと思っています。ハッサーク国がどんな国なのか、学ぶいい機会です。人間的にさらに成長するチャンスをもらえたと思います。ただ、ミユと離れ離れになるのが……心配です」
ジェラルドと私は顔を見合わせ、頷き合う。
「ブルース、その心配は不要だ。それにミユが留学を断る理由になってはいけない。ミユが、自分のせいでブルースが留学を断念したと知ったら、ショックを受ける」
「安心して。ブルース。あなたが心おきなく留学生活を送れるよう、お父様とお母様がミユのことをサポートするわ」
「お父様、お母様……!」
近々でもスチュアートがミユにちょっかいを出したという話は聞いていない。それにスチュアートは噂通り、いずれかの令嬢に想いを募らせているようなのだ。
スチュアートにため息をつかせる令嬢が誰なのか、それは特に調査していなかった。でもその令嬢に気持ちが向かっているのは確かなようなので、ブルースが留学しても大丈夫……とは思うものの。
これまで登下校、昼休みは、ミユのそばにブルースがついていたのだ。
それがなくなるのは……確かに不安だ。
でも安心してください! ミユに悪い虫は寄せ付けません!
お読みいただき、ありがとうございます!
ストックしていた作品を公開しました。
『旦那様、離婚してください!
悪妻化計画を実行中。
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