7話:息子が変わって来ています!
公爵……ジェラルドに腕枕され、優しく頭を撫でてもらっている。
なんだか自分が、猫か犬になった気分だ。
とても気持ちよく、喉を鳴らしたくなる。
愛を確かめ合った後のジェラルドは、こうやって腕枕をして、話をしてから眠りにつく。
「キャサリン。ブルースが剣術の練習をしたいと言い出すなんて。一体何があったんだ?」
「それは……」とブルースが、剣術や運動をすることになった経緯を話して聞かせる。
「そんな方法で……。そうなるとブルースは、わたしのライバルになってしまうな」
「え?」
「だってブルースは、君に大好きでいてもらいたいからこそ、剣術を習うと言い出した。その気持ちは、わたしも同じだからな」
そう言うとジェラルドは、私の額へキスをする。
「ブルースの好きと、ジェラルドの好きは、種類が違います」
「本当にそうだろうか」
「確かめますか?」
フッと笑みを浮かべると、ジェラルドが私を抱き寄せる。
再びの甘い夜が始まった――。
◇
朝食の席には、白パンの代わりに湯がいたジャガイモ。
レタスやキュウリに、トマトを添えたサラダも、用意されている。
サラダには、オリーブオイル、塩コショウをふりかけ、和えて食べるのだ。
剣術の訓練に、ジェラルドと共に毎朝参加するようになったブルースは、朝食を残さず食べる勢い。しかもちゃんとサラダも食べ、肉料理と一緒に、ジャガイモも食べている。これで肥満ルートは回避できただろう。
使用人にも、ジャガイモを食べることをすすめるが「白パンを食べずに廃棄は勿体ないです!」と、私達の代わりに白パンを喜んで食べてくれている。仕方ないのでサラダはこれまで通り、ちゃんと食べるようお願いしていた。
「キャサリン。ブルースが剣術を始めて、もう三ヵ月が経つ。そして間もなく秋になり、狩りが解禁だ。剣術の練習では、馬術も一緒に行っていたから、ブルースも一人で馬に乗れるようになった。よってホワイトフォレストへ、ブルースを連れて行こうと思う」
秋は狩りのシーズン。貴族は社交とスポーツ感覚で、狩りを楽しんでいた。
ラズベリー色のドレスを着た私は、ジャガイモを手に、季節の移ろいの早さに驚きながら答える。
「狩り……。残暑は厳しいですが、もう秋なんですね。ええ。いずれ公爵家の当主になるブルースは、狩りの経験を積む必要があります。それにジェラルドが一緒なら、安心です」
「勿論だ。ブルースに怪我などさせないよ。わたしと君の、大切な息子なのだから」
チャコールグレーのスーツで、朝からビシッときまったジェラルドは、私の手を取ると、指に「チュッ」とキスをした。これを見た紺のブレザーとズボン姿のブルースが「僕もお母様にキスをしたいです!」と言い出し、席を立とうとしている。それを見たジェラルドが、注意をしていた。
気づけばジェラルドは、しっかりブルースの躾にも、協力してくれている。
食後、ジェラルドは執務、ブルースは勉強、そして私は使用人に、秋に向けた屋敷内の装飾品の変更を指示する。いわゆる季節に合わせた、調度品の模様替えだ。その後、自室で刺繍をしていると……。
「奥様、エントランスホールに飾る絵でございますが、どちらにいたしましょうか」
ヘッドバトラーが、二枚の絵を従者に運ばせ、私に見せる。
一枚は、紅葉が描かれた湖の風景画。
もう一枚は、秋の森の中で狩りをする、貴族の姿を描いた絵だ。
その二つを眺めていた時。脳に一枚の挿絵が浮かぶ。
小説の数少ない挿絵の中で、この絵を見た記憶がある。そしてその絵と一緒に書かれていた、短いエピソードは……。
『ブルースの父親である公爵は、狩りの最中、崖から転落。死亡している。』
心臓が止まりそうだった。
どうしてこんな重要なことを、忘れていたのか。
公爵は……ジェラルドは、ブルースがヒロインに婚約破棄を言い渡す時、この世にはいない。
ブルースが幼少の頃に、死亡していたのだ。
今朝私の手に、キスをしたジェラルドの顔が浮かぶ。
前世で小説を読んでいる時、数行しか登場しなかったジェラルド。でもこの世界で出会ったジェラルドは、確かにそこに生きた人間として、存在している。ブルースの子育てにも躾にも協力的で、剣術の訓練もつけてくれた。妻である私にも、惜しみもない愛を捧げてくれている。そのジェラルドが狩りで命を落とすなんて……!
「奥様、いかがなされましたか?」
ヘッドバトラーの声に、我に返る。
「ごめんなさい。ちょっと考えごとを。絵は湖の方にして頂戴。それとジェラルドは……公爵様は狩りと言えば、いつもホワイトフォレストへ行くのよね?」
「左様でございます。旦那様は鉱山も多数所有され、その近辺にも領地をお持ちです。ですので、狩りのために地方へ行くこともできます。ですがいかんせん、旦那様は複数の商会運営もされていますから。王都で狩りと言えば、ホワイトフォレスト。奥様と結婚してからは、毎年、ホワイトフォレストで狩りをされています」
「そうよね……。チャーマン、お願いがあるの。ホワイトフォレストに関する書物があれば、持ってきてくださる?」
ヘッドバトラーは「承知いたしました」とお辞儀し、二枚の絵画を運ぶ従者と共に、部屋を出て行く。
そして私は刺繍そっちのけで、自分の前世記憶を辿る。
狩りなんて毎年の行事。いつ、ジェラルドは崖から転落したの……!?
小説に、ジェラルドは何歳で亡くなったと、書いてあった?
私は必死で思い出そうとした。