65話:絶対に!です!
ブルースが舞踏会から帰宅するまで、ジェラルドの溺愛は続いた。
だがブルースが屋敷に到着すると、「キャサリンはここで待っていてくれ。ブルースもすぐに入浴して休むはずだ。わたしが少しあの後の舞踏会の様子を聞いて来る」とベッドから起き上がる。
手早く寝間着を着てガウンを着ると、私の額にキスをしてジェラルドは部屋を出て行く。
私はその様子をベッドに横たわったまま見送ることになる。
横たわったまま……。
ジェラルドに待機を提案されるまでもなかった。
愛の余韻で、とても動ける状態ではなかったのだ。
置時計で時間を確認する。
時間としては、まだ二十二時前。
ブルースは少し夜更かしだが、舞踏会シーズンになると、これが当たり前だった。
ジェラルドと愛を確かめ合った後はいつも眠りが深くなる。
きっと心身共に満たされるからね。
少しまどろんでいると、ジェラルドが戻ってきた。
すぐにブルースから聞いたことを、教えてくれる。
「殿下は国王陛下と一旦、会場から抜けた。だが三十分ほどすると、戻って来たそうだ。そこからは学友の令嬢と何曲かダンスを踊り、ミユに近寄ることはなかった」
「国王陛下に注意され、私に関わるブルースやミユからは、距離を置いたのでしょうね」
「どうだろうな。ブルースもミユも、何人かの学友とダンスをしたそうだ。ダンスが終わった後、たまたまブルースは踊った相手と話し込むことになった。その時、入れ替わりでミユの両親はダンスをしていた」
つまりミユが一人になるタイミングがあった。そんな時こそ、テラスや飲み物が用意されている隣室へ誘えば、話すこともできるだろうに。スチュアートはその時、フリーな状態だった。だが、彼は動かなかったというのだ。
「ミユのことを諦めたのでしょうか……?」
「まだ何とも言えない。社交シーズンに入ったばかりだ。これからも舞踏会や晩餐会で、殿下とミユが会う機会はあるだろう。まずはそこで様子見だ」
ジェラルドはそう言うと、着ていたガウンを脱いだと思ったら、寝間着の上衣まで脱いでしまう。ベッドに両腕をつき、驚く私のことを覗き込むジェラルドが、フッと口元に笑みを浮かべる。
「キャサリン。ブルースさえまだ起きているんだ。まさかもう寝るつもりではないよな?」
ホリデーシーズンの始まりの夜は、ジェラルドの溺愛と共に更けて行く……。
◇
その後のホリデーシーズンの舞踏会と晩餐会。
何度となくブルースとミユは、スチュアートと遭遇する機会があった。
でもスチュアートがミユに近づくことはなかったという。
私とジェラルドが、ブルース達に同行している時もあった。そこで観察しても、スチュアートがミユに接近することはない。
どうやらスチュアートはミユのことを諦めてくれた。
そう解釈していいのかしら?
ただ……。
ジェラルドと共に参加した、とある公爵家の晩餐会。
そこにはスチュアートも参加していた。
公爵家は王家とのつながりが深いので、そこに王族がいるのは当然のこと。
その晩餐会において。
愁いを帯びた眼差しのスチュアートと何度か視線が合い、鳥肌が立った。なぜならあの瞳の奥に、スチュアートの束縛気質がそこはかとなく感じられたからだ。だが多くの令嬢が、アンニュイな表情のスチュアートを見て、こんなことをささやいている。
「第二王子殿下は、どなたかに片想いをされているのでしょうか?」
「あのサファイアのような瞳を曇らせ、甘い溜息をつくお姿。たまらないですわ~」
「本当に。スチュアート殿下のハートを射止めたのは、いずれの令嬢なのでしょうか」
ミユではない令嬢に、恋に落ちてくれたのなら、それに越したことはない!
もしそれが本当なら、ブルースもミユも安心。ジェラルドも私も動かないで済む。
逆にミユへの想いが募り、浮かない表情になっているなら……。
なんだかんだ言ってスチュアートは、この小説の世界ではヒーローなのだ。
そのヒーローを再起不能まで追い込むと、何が起きるか分からない。
特に小説の中でブルースが婚約破棄を言い出した卒業舞踏会までは。
スチュアートは無傷で存在させておきたい。
ただし、ミユには告白させない。絶対に!