63話:なんてことしてくれるんですかー!です!
「僕のことが気になるのですよね!」
「は……い……?」
もう相手が王族であることを無視し、不躾な返事しかできない。
どうしてそーゆう解釈になるんですかー!?
全然、違いますからー!
聡明な第二王子と言われているのに!
ブルースの婚約者であるミユのために私が潜入したと、なぜ思わないんですかー!?
しかもなぜそんなに嬉しそうにしているんですかー!?
「僕、年上の女性、嫌いじゃないです」
「知るかー、そんなことー!」と叫びそうになったところで、曲が終了。
華麗にお辞儀をすると拍手喝采だ。
だが私の頭の中はもうショート寸前。
スチュアートは私をエスコートして歩き出しながら、何かを胸元から取り出そうとしている。
「今日はポチリーナにこれを贈りたいと思い……」
取り出そうとしているのは、青いパンジーの刺繍がついたハンカチ!
「スチュアート殿下! 私が最近知った東方の文化では、ハンカチは縁切りのために使われるそうです! 私はそれを知ってから、ハンカチを贈られると気分が悪くなります」
私の言葉にスチュアートはハッとしてハンカチを戻す。
ハンカチ回避成功!
「それは……知りませんでした。勉強不足です。ではこちらをどうぞ」
機転を利かせたつもりなのだろうか、スチュアートは!
あろうことか私の髪に、一輪の薔薇を飾った。
自身のテールコートの胸ポケットを飾っていた薔薇だ。
これにはサーッと血の気が引く。
ホールの中央からはけていたとはいえ、多くの招待客が見ていた。
一輪の赤い薔薇を贈る。
それが意味するのは、贈った相手に対し「私の大切な人」「運命の相手」「一目惚れ」の気持ちを伝えることになるのだ!
なんてことしてくれるんですか、スチュアートは!
絶対に、そこ、意識をしていない。
私からハンカチは不吉と言われ、咄嗟に目に入った赤い薔薇を贈っただけだ。
スチュアート本人がそうでも、周囲の目は違います!
社交界にとんでもないゴシップネタを提供したと思う。
「!」
殺気。
これは以前、一度察知したことのある気配だ。
そう、それは元宰相のデイヴィス伯爵の商会へ、秘書として潜入した時のこと。
ボディチェックをした男が、私の変な場所に触れようとしたのに気が付いたジェラルドが「おい」と一言発した時。アンタッチャブルな凄みを感じた。
今、感じる殺気はそれ以上のもの。
もう猛禽類に睨まれた子ウサギ状態で、私は震えが走っている。
スチュアートの歩みも止まっていた。
そこにツカツカと歩み寄るのは間違いない。
ジェラルド。
「スチュアート殿下」
低音の落ち着いた声なのに、圧を感じる。
今すぐひれ伏したくなる圧を!
「妻とのダンスをお楽しみいただけようで」
「こ、公爵……え、ええ、ありがとうご」「この赤い薔薇はお返しします」
私の髪にスチュアートが飾った薔薇を、ジェラルドはスッと抜く。
そして笑顔でスチュアートの胸ポケットに戻す。
「キャサリンに薔薇を贈ることが許されているのは、彼女の夫であるわたしだけですから。薔薇は愛を意味する花ですので」
そこでスチュアートはようやく気が付いたようだ。
ジェラルドに凄まれた時は、意味が分かっていなかったのだろう。
でも今は理解した。
分かりやすく顔色が変わっている。
さっきまで「ポチリーナ」と私を呼んでいた時の余裕はゼロ!
「そ、そうでした。つい御礼をと思い、て、手元に渡せるものが、その、ば、薔薇しかなく。大変失礼いたしました」
スチュアートが深々と頭を下げた瞬間に、ジェラルドが私を自身の方へと抱き寄せる。
「御礼は言葉だけで十分ですよ、殿下。なあ、そうだろう、キャサリン?」
そう言うとジェラルドはいきなり私の首筋に「チュッ」と音を立てキスをするから、もうビックリ。突然の甘美な刺激に、出してはいけない甘い声が小さく漏れ、慌てて自分の口を手で隠すことになる。この声が聞こえたのは、多分、一番近くにいるスチュアートだけだと思う。それでも心臓が止まりそうだ。
一方のスチュアートはビクッと体を震わせ、何とも言えない表情でこちらを見た。
正直、私はどうしていいのか分からない!
だが。
「いやあ、フォード公爵の奥方は実に美しい。息子と同じ年齢の子供がいるとは思えんな。今日は息子とダンスをしてくださり、ありがたく思う」
まさかの国王の登場にビックリ!
とにかく慌ててカーテシーをして挨拶をした。
「スチュアート。こっちへ来なさい」
「は、はいっ、父上」
スチュアートは国王の影に隠れるよう、移動する。
さすがに国王も、息子が人前で堂々と人妻に薔薇を渡すのは、見ていられなかったのね。
こうして緊迫した時間は去ったのだけど……。
「ブルース、ミユ、そしてロイター男爵とロイター男爵夫人。わたしと妻は、一足先に失礼させていただく。ただまだ舞踏会は始まったばかり。ゆっくり楽しんでください」
四人は「分かりました!」と応じてくれる。
さっきのジェラルドの殺気を目の当たりにして「え、もう帰るのですか?」と言える人間はいないと思う。
ということでジェラルドと私は馬車へ戻った。
馬車に乗り込むまでは、話せない。
宮殿のあちこちに警備兵もいる。
よって馬車に乗り込んでから、スクールトリップでの潜入について話そうと思っていた。
でも。
「ジェラルド、スクールトリップでの潜入、スチュアートにばれてし」
そこから先が続かないのはジェラルドのキスのせい。
こうなるのは……予想の範囲内。
スチュアートは意図せず薔薇を贈ったのだとしても、周囲の目もある。
自身の最愛があんな大勢の前で、薔薇を贈られた。それをジェラルドが容認できるはずがない。あの場は国王の登場で、招待客も悟ったと思う。第二王子が公爵夫人に一輪の薔薇を贈ったが、その件は口外不要だと。それでもジェラルドの嫉妬の炎は燃え盛っている。これを静めるには……愛を確かめ合うしかないわよね。
ということでジェラルドとなんとか話せる状態になったのは、帰宅して入浴を終え、私の寝室に集合してからだった。
話せる状態……でいいのよね?
ソファに座るジェラルドは、白いガウンを着た私を自身の膝に乗せている。つまりいつでもベッドへ運べる状態……に思えるけれど。
「それで。ツアーガイドに扮していたことを、あの若造が気づいていたのか?」
黒のガウンを着たジェラルドに尋ねられ「そうなんです」と私は応じる。
そこでスチュアートがダンスの最中に語ったことを、包み隠さず伝えた。